カキ氷が食べたい。
「もうダメ…暑いし熱いし溶けそう焼けそう…イゾウさんはどうしてそんなに涼しい顔で居られるんですか…?」
「…涼しく見えるか?」
「見えますよー…だって汗ひとつ滲んでないですもん」
本当にそうならそれはそれで心配だけれど、現にイゾウさんは涼しい顔で煙管に火を入れようとしている所なのだ。わたしなんて火を見るだけでげんなりだと言うのに。
「イゾウは化け物なんだっての」
「え、それは肝を冷やして涼もうっていう魂胆…?」
「ああもう冷えるなら何でもイイってんだ」
「サッチもだいぶ参ってるね…」
夏島海域に突入して早数週間。最近では毎日この時間、風通しの良いこの場所に、気付けば一人、また一人と集まってくる。可哀想に、さっきまでわたしの隣に居たエースはいつの間にか甲板の隅に追いやられている。何もしなければ熱くないのに、完全な言い掛かりだ。
「たまにはカキ氷とか食べたいなぁ……」
「カキ氷かぁ、イイね」
「随分と風流じゃねェか。悪くねェな」
イゾウさんまで乗ってくるとは予想外。流石のイゾウさんでも矢張り、暑いものは暑いのか。
「カキ氷と言えばイチゴだなー」
「おれあの青いやつだ」
「え、宇治金時でしょ?」
「渋好みだなぁ。でもやっぱメロンだろ?」
「俺もルリに一票だが…今は気分的にレモンだな」
レモン…イゾウさんがレモン…またまたまさかの予想外。多分わたしの顔は今、へにゃりとだらしなく崩れている。これは暑さの所為で、決してレモンのカキ氷が食べたいと言うイゾウさんが可愛いと思ってしまった訳ではない。違う、違うんだから。
「ああ、もうダメ…わたし完全にカキ氷気分」
ごろりとだらしなく寝転がり床に頬をつければ、まだ誰も触れていなかったそこはひんやりとして気持ちがいい。でもそんな涼なんて一瞬の事で、わたしの火照る頬を冷やすには物足りない。
「残念だけどよ、今のモビーに余分な氷はねえぞ……」
「うそん…」
「マジ?誰か氷取って来てよ。ほら、飛べる奴とか居るしさ」
飛べるをわざと強調したハルタの声に、日陰で書類を検めていたマルコ隊長がぎろりとこちらを睨む。でも暑さの所為か、心なしその眼力には力が無い。
「氷作れる能力者居ねえの?」
「氷と言えばヒエヒエですよねぇ……誰か奪っ…」
「いや待てっての。アレの持ち主は海軍大将じゃねえか」
「海賊たる者、欲しいものは奪えー」
「おいおい、じゃあ自分で行って来いよ」
「情けねェな、てめェそれでも隊長か?」
「待てイゾウ、それならお前も隊長だからな!?」
「温度上がるからやめてよそういうの。マジ暑苦しい……」
ハルタの毒にもどんどん力が無くなる。これ以上この暑さが続いたら、モビーはどうにかなってしまいそうだ。
「て言うか…ここで凍らせても、海水の氷だし…」
決めた。次に下船したらカキ氷食べる。あと氷を削るやつも買おう。あとはいつでも使える氷を…そうだ……
「マルコ隊長ー…氷室みたいな部屋、ひとつ作りましょうよ」
「ああ、イイなそれ」
「あー…考えとくよい」
モビーの船大工達の腕をもってすれば、きっとそのくらい朝飯前だ。これで長旅の楽しみがまたひとつ増える。
「とりあえず今をどうするか…だな」
「うー、頭から水かぶりたい…」
暑さに耐えかねて、たくさんの家族が海に飛び込んで涼を取っている。でも能力者のわたしやエースにはそれが出来ないのだ。かと言って限りある真水を無駄遣いする訳にはいかない。
「せめて雨でも降らないかな…」
「諦めな、見渡す限り雲一つねェよ」
はああ。
お釣りが来るくらい大きなため息一つ。もう暫く、多分あと少しの辛抱だ。寄港さえすれば氷室も出来るし、そうしたらカキ氷の道具買って…
「次の島で道具探すか」
「行きます!わたしもそう思ってた所です!レモンシロップも探しましょうね」
暑さなんてどこ吹く風。全力で飛び起きた。だって下船前にイゾウさんと約束をするのは久しぶりなんだ。
「ついでに食べられるお店も有れば良いなぁ…白玉の乗ってるやつ」
「…太るぞ?」
「な……っ!?そのくらいは大丈夫です!」
「ねぇ…温度上がるからやめてよそういうの。マジ暑苦しい……」
「あ……ごめん」
ニヤニヤする人、聞いてない振りをする人、笑いを堪える人。とにかく全員の視線がわたし達に集まっていて、もの凄く恥ずかしい。今すぐここから逃げたくなった。でもモビーで今一番涼しいのはここなのだ…
背に腹は変えられない。現実は厳しい。
「…氷削り見つからなかったら、ビスタ隊長にお願いしよう…」
「やめときな。多分違うモンが出来るぞ」
「氷像とかですか……?それはそれで…」
「見たい気はするな」
「見たい気がしますね」
「ねぇ…温度上がるから…………」
皆まで言い切る前に、ハルタはばたりと倒れた。
20160629
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