苦手なもの

 イゾウさんはたまに、なんの脈絡も無く取り留めのない事を聞いてくる。

「わたしの苦手なもの…ですか?」
「あァ」
「それはあの、どんな目的で」
「なんだ、ルリは俺が弱みを握って何かすると」
「思ってません!でもなんか一方的に知られるのって悔しいというか…」

 ちなみに今は、真夜中の空を昼間の様に照らし続ける雷を二人で眺めている。そう考えれば脈絡は有るのかもしれないけれど、少なくともわたしは雷が恐くはないし、怖い素振りも見せてはいなかったと思う。

「いや、何となくで他意はねェ。聞いた事ねェなと思っただけだ」
「んー…そうですねえ……この前の目薬以外だと…」

 海水が苦手なのは不可抗力だし嫌いな食べ物も無い。虫や動物も大群で来られなければどうって事はない。

 ぴかり。窓の外が光り、すぐさま激しい雷鳴が追う。その間隔は徐々に短くなり近くなる。

「ひ…っ」
「…これは、モビーに落ちたな…ん?どうした、ルリ」
「あ、え?」

 マストは、不寝番の家族は大丈夫だろうか?そんな事を考えていたと思っていたのに。呼ばれて初めて、思考停止で固まっている自分に気付く。

「なんだ、雷が苦手なのか?」
「いえ、そういう訳ではなくて……」

 大きな音が鳴ればびっくりはするけれど怖くはない。わたしが怖いのは…

「振動が…」
「振動?」
「はい。と言うか地響きや低音が……だから地震も苦手です」

 海暮らしが長い。だからと言う訳では無いのだろうけれど、わたしは地響きが苦手だった。あの地の底から這い上がってくる様な低い音が身体に響くと、無意識に強張り動きを止めてしまう。
 どん!
 光と同時に音が鳴り響いた。室内に差し込む光がイゾウさんの顔に一瞬濃い影を作ると同時に、足元から伝わる振動にびくりと身体が反応する。ダメだ、意識してしまったからもうダメだ。もうモビーに落ちないで欲しい。光ならば毛布を被れば良いが、振動からはどうしたって逃げられない。マルコ隊長みたいに空を飛べるならば、今すぐ浮き上がってそれで一安心なのに……

「…マルコに抱えられてェのか?」
「え?」
「マルコがどうとか飛べればとか」
「…わたし、口に出してました……?」
「あァ、思いっきりな」

 クツクツ笑うイゾウさんの声に、かああぁっと隠す間もなく熱くなる頬。なんだか色々と恥ずかしい。

「ほら、それなら無理するな」

 差し出された手は恐らくそういう意味で。
 どうしようかと躊躇う間にも容赦なく続く落雷に、わたしの意識は考える事を放棄する。

「すみま…せん……」

「お世話になります」とその手を取れば「よしよし」なんて子供をあやすみたいに抱きかかえられて、違う意味でも強張る身体。
 ぽんぽんと背中を撫でられ宥められても、ぴしゃっとかどかんとか、音が鳴る度にイゾウさんの身体を強く掴んでしまう。

「うう…本当にごめんなさい……」
「このくらい構わねェよ、気にするな。むしろ一人じゃなくて良かったじゃねェか」
「……はい…」
「ところで、オヤジのは平気なのか?」

 答える前にまた大きな雷鳴が響いたので、しがみつきながら首を縦に振った。
 我らが船長はグラグラの実の能力者。その威力は海をも割るらしいけれど、わたしはまだそこまでの能力を見た事は無い。

「親父の側にいればある意味一番安全だと思ってますか…ら、っっ」

 でもそれとこれとは別。室内に居るとはいえ、こんなに長い時間落雷に晒されるのは初めての体験。思っていた以上にわたしはこれが苦手だったらしい。怖さもあるが、とにかく気持ちが悪いのだ。
 
「うえぇ…もうやだー…」

 体裁を繕う余裕なんて無く、イゾウさんの肩に頭を埋める。光だけなら綺麗だし音だって嫌いじゃない。だからせめてモビーには落ちないで。早く遠ざかれ。

「……そうか?」
「え?」
「いや、悪ィ何でもねェ」

 少しだけ顔を浮かせて見上げたイゾウさんさんは何やらバツの悪い表情で。視線が絡むより早く、大きな手で頭を押し戻されてしまう。

「ルリは怖がってんのに、役得みてェな事言ってる場合じゃねェよな」

 悪い悪いと今まで以上に強く抱き締められて、漸く言葉の意味に気付く。その余りにも予想外な発言に、照れるよりぽかんとしてしまう。

「いやだから悪かったよ」
「いえ、そうじゃなくて…でも、こんな酷いのはもう嫌です」
「そうだな…しがみつかれるのは悪くねェが、俺は怯えてるルリで楽しむ趣味はねェ」
「イゾウさんがそんな事ばかり言うなんて意外…」

 でも無防備な本音が混ざった感じが、なんだか嬉しかった。だからふふっと溢れた笑いは隠さずに、額をそっとイゾウさんの肩に預ける。

「もう少しだけ、ここ借りますね…」




 幸いな事に程なくしてモビーは嵐から抜け出した。ほっと安堵の息を吐くも、新たな問題が発生している事に気付く。いつもの如く、離れるタイミングが分からないのだ。わざわざ「降りますね」と断るのも何かおかしい気がするし、何よりわたしはイゾウさんにがっしりと抱えられたまま……どうしよう。

20160717



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