絵本

 のんびりと過ごしていたある午後の事。
 暇つぶしで大量に作ったさつま芋のお菓子をカリカリと頬張りながら、わたしは本を読んでいた。イゾウさんにオススメされたわたし達の国の古い本。知っていた事知らなかった事。一人では知り得なかった事に触れられるこの時間が、イゾウさんと過ごすこの時間が、わたしはとても好きだ。
 ぱたん。
 静かに本を閉じる音。隣でイゾウさんが読んでいたのは、わたしの好きな絵本。読書と言うには物足りないだろうけれど、是非読んで欲しかったのだ。
 感想を聞きたいけれど、手元の本から目が離せない。もう少しだけ、このページを読み終えたら声を掛けよう。そう思いながらまた一つ、お菓子を囓る。読書しながらなんてお行儀が悪いと解っていても止まらない。自画自賛だけれどそのくらい美味しいのだ。
 読んで食べて読んで。暇人なりに忙しいわたしは、そろりそろりと近付くその手に気付かない。

「イ、ゾウひゃん…何するんですか…?」

 徐に頬をむにと摘ままれ、慌ててごくりと飲み込んだ。細かく咀嚼し切れなかった塊が窮屈そうに喉を抜けて、少し痛い。

「いや、随分と美味そうに食ってるからつい、な?」

 言いながらイゾウさんも一つ摘んで齧る。

「つい、じゃないれふ…」

 続けてもう一つ。しゃこしゃこと小気味よい音を立て、ごくりと動く喉元に目が奪われる。
 わたしの作った物がイゾウさんの身体を作るんだと思ったら、途端に恥ずかしくなる。随分と変態じみた思考だ。なんて考えてる間にもふにふにと摘まれ続けるわたしの頬。

 「あのー…」

 一体いつまでこの状態が続くのだろう。
 もしかしなくてもわたし今、ものすごく不細工な顔になってるんじゃ…
 わたしの顔を歪ませ続ける要因を見遣れば、何食わぬ顔で片手で器用に煙管に火を入れている。どうやらまだ離してくれるつもりはないらしい。

「こいつは…」

 ふう、とゆっくり紫煙を吐き出したイゾウさんが、絵本の扉に視線を落として話し出す。

「兄貴たちに随分と可愛がられてるんだな」

 それは、沢山のお兄さんがいるクマの女の子お話。
 子供の頃に大好きだったその本を先日下船した時に見つけ、思わず全巻大人買いした。

「そうなのです。お兄さんが沢山居るのが羨ましくて、毎日読んでまひた」

 頬を摘まれていて喋りにくい。舌ったらずな喋り方が気恥ずかしくて、いたずらにぷくっと頬を膨らませてみる。これなら摘めないだろう。ますます不細工になってる気がするけど、この際仕方がない。

「…そのクマみてェな顔になってるぞ」
「………イゾウさんが摘むかられす…」

 くつくつ笑われて、ついにもう片方も摘まれた。まさかの逆効果に顔が熱くなる。

「…イゾウさん」
「ん?」
「仕返し!」

 えい、と勢いよく、イゾウさんの両頬に手を伸ばした。お互い手の届く距離。必然的に真正面から向かい合って、至近距離で絡む視線。しまった、これはもの凄く恥ずかしい。
 無反応でじっとわたしを見下ろすイゾウさんの口元が、静かにゆっくりと弧を描いてゆく。
 にやり。これは嫌な予感。

「…ルリ」
「はひ?…ひあ…!」

 かぷり。
 鼻を甘噛みされて思わず手を離すと、今度はくちびるに触れる感触。いつの間にか両頬は手のひらで包まれていて、逃げ道はない。

「…で、実際沢山の兄貴が出来てみて、どうだ?」
「毎日楽しい…です」
「それは何よりだ」

 でもイゾウさん…クマの子のお兄さんは、こんな事しませんけどね?

20150605



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