ひんやりとあたたかい

「おはよう……あれ??サッチが居る?」
「おう、おはよう」

 なんとなくダラダラと支度をしていた朝。
 ラッシュの過ぎた食堂は人もまばらで、トレイを持って配膳カウンターを覗くと、そこに居たのは今朝の当番ではないサッチだった。
 食事は毎日の事。なので流石にその全てをサッチが担っている訳ではない。遠征も有るので、料理のできる人員は各隊にバランスよく配置されている。
 16番隊の頃は、わたしもその一人だった。

「今朝は7番隊だったよね?」
「目ぇ覚めちまってよ。ま、ここは嫌いじゃねーしな」 

 早起きしたから厨房に入るだなんて、サッチは本当にこの仕事が好きなんだろう。ニコニコ楽しそうで、甲板を掃除している時には決して見られない、軽い足取り。
 会話しながら受け取ったお皿には、出来立てのオムレツ(もちろんわたし好みの焼き加減)とグリルドソーセージ。相変わらずの手際の良さに感心してそう告げると、フルーツを少しオマケしてくれた。
 パンを一つ取り、最後にコーヒーを注ごうとした時。わたしの手元に注がれるサッチの視線に気付く。

「……ん?」
「ルリ……ちょっとそっちの手、貸してみ」
「へ?こっち??」

 持ち上げかけたポットを戻してカウンター越しに伸ばした右手を、素早い動きでサッチが掴んだ。

「あーやっぱりなぁ」
「……は?」

 訳が分からないまま掴まれた腕を少し引かれ、そのまましっかりと握り込まれてしまう。イゾウさんともエースとも違う、少し厚くて大きな、歴史の刻まれた手。

「何……??」
「いやさ、今皿渡した時にちょこっと触った指がすっげぇ冷たかったからよ」
「あーうん。最近血流悪いみたいで……って、そんなに冷たかった?」
「かなりなー朝から縮こまるわ」
「うわ、朝から引くわー」

 朝から全開のサッチと下らないやり取りて笑いあう。適当に見えてこういう細かい事に気付くから、サッチはやっぱり隊長なのだ。だからこそ若手からの信望も厚いのだろう。

「コーヒーも身体冷やすからな、あんま飲み過ぎんなよ」
「うん、分かった。ありがとうね」
「……後ろ、つかえてるぞ」
「うげ」
「あ、ごめんなさ……うげ?」

 解くきっかけが無くなんとなく掴まれたままだった手がやや乱暴に放り出され、軽く後ずさるサッチ。トレーを押される感触と聞き慣れた声に顔を上げれば、訝しげな顔のイゾウさん。その後ろには、満面の笑みで厨房を覗き込むハルタが見える。

「おはようございます。今日は遅いんですね」
「朝から野暮用押し付けられたんだよ、ツイてねェ」

 全力で面倒臭い顔をしたイゾウさんの指差した甲板は、確かに少し騒がしかった気がする。
 目線と口パクだけでサッチと会話をしていたハルタは、「 ほんっと、くたびれたー」とボヤくと身体を伸ばし、手早く自分のトレイをいっぱいにしていく。

「うっわ。相変わらず、朝からうんざりするくらい食べてるなぁ……」

 何時からここに居るのか、お皿を積み上げ続けるエースを自然と皆で囲んで腰掛けた。「おはよう」と聞こえなくもない言葉が聞こえたけれど、返事を返す前にお皿に顔を突っ込んでしまう。うん、今日もエースは元気。

「指がどうかしたのか?」
「あ、はい。最近冷え気味で……」

 そう言ったわたしの指先を、向かいの席から伸ばした手で取ったイゾウさんは小首を傾げると、何故か小さく笑う。

「そうか?これ位がいつも通りだろ?」
「ぷっ」
「え?ハルタはそこで笑うの!?」
「いやだってさ……ねぇ?」

 意味有りげなハルタの言葉に、イゾウさんが鋭い視線を向けている。
 サッチも上を見たり下を見たり、どうやら必死に笑いを堪えている様だった。

 ――最近はたまーにこうやって、男だけで何やら通じ合ってニヤニヤしている……という事が増えた気がする。(というのはわたしの穿った見方で、隊長同士で通じる何かなのかもしれないけれど)

「……お腹空いたので、とりあえずごはんにしませんか?」

 拗ねてるんじゃない、と思う。だって目の前には朝ごはん。冷めてしまう前に食べたい。それだけなのだ……多分。

「いただきまーす」

 いつも通りの光景。サッチのご飯もいつも通り完璧。それにこうして皆で食べる事が出来て嬉しいし美味しい。文句の付けようのない、朝のひと時。

「得物も冷たい方がいい。温いのは握って気持ちのいいモンじゃねェからな」
「あーそれは少し分かります……」

 武器が温度を持つ、つまりそれだけ長い時間握っていたという事で。更に汗とか色々なもので滑るし……あ、今は食事中なので、この先は考えない事にしよう。
 
「……イゾウとルリはおれが嫌いなのか…………」
「へ?」

 何故その結論に辿り着いたのか、急にしょんぼりしたエースは口いっぱいに肉を詰め、もごもごとまだ何かを呟いている。

「そんな事ないよ?」

 日頃から暑い熱いと言われている所為だろう、エースは時々冷たい物に対して嫉妬する。さほど年の離れていないエースだけれど、こんな時は可愛いなぁと思う。ナースさん達が騒ぐ気持ちも、少しだけ分かる。

「あ、そうだ。エースも触ってみる?多分冷たいけど」
「いや、いい……イゾウ、こえぇ……し」
「え?あ……」

 ……遅ればせながらなんとなく解った、かもしれない。
 けれど解ったら解ったで、これは反応にとても困る。わたしは決して鈍感な方ではないのだけれど、イゾウさんの……その、厚意や好意を常に意識して接している訳ではない……なのに何故か周りはそういう風に見ている事が増えていて……最近はそこに至るのに皆より少し、時間が掛かってしまうのだ。
 
「そうそう、イゾウさんの……」
「ん?」
「イゾウさんの手は、いつもより温かかったですよ?」

 視線は合わせなかった。
 けれど緩む口許。これっぽっちの反撃でイゾウさんに勝てるだなんて思っていないから、心臓はドキドキバクバク。

「ぶふっ」
「ぷはっ……言うじゃんルリ」
「なァ、ルリ……」
「は……いっ!?いったぁぁぁい」

 言葉の代わりに返されたのは、全力のデコピン。ビリビリしてジンと熱くなったそこを押さえた自分の手は、やっぱり少し冷たい気がした。

「後で覚えとけよ?」
「うわぁ……ご愁傷様。骨は拾うね……」
「え?ルリしぬのか?」
「ちょ……!縁起でもないこと言わないでよ!!??」
「ぶふっっ……くそ、笑い堪えすぎて腹痛ぇ」

(20160819



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