苦手なこと

ゆっくり息を吐いて姿勢を正し、上を向く。
大袈裟だと言われようが、これはわたしにとっては儀式みたいなもの。
覚悟を決めて、今日こそ今度こそ……

「何やってんだ、そんな隅で」
「わぁぁ…あ…、イゾウさん…こんにちは」
「答えになってねェよ」

 びくりと跳ねて間の抜けた挨拶を返したわたしがよっぽど可笑しかったのか、珍しくイゾウさんは青空を抜ける程に大きな声で笑う。
「隠し事がバレた子供みてェだな」なんてかなり際どく核心を突いてくる辺り、さすがはイゾウさんだ。

「何かしようとしてたんじゃねェのか?」
「……別に今でなくても良いのです」

 手の中に隠したものをそっと握りしめながらえへへと笑うも、それが取り繕ったものだとすぐに看破されてしまう。にやり、イゾウさんの口元が緩く弧を描くと、たちまち無言の圧に包まれる。

「…笑わないで下さいね?」
「俺がルリを笑った事、あったか?」
「ない…と思いますけど…むー、あのですね…わたし実は、目薬が点せなくて…」

 先端恐怖症でもないし、目の前を弾丸が横切っても瞬き一つしない。それなのに、たった一滴の薬液が落ちてくるより早く、わたしは瞼を閉じてしまうのだ。
 そして行き着いた方法が、閉じた瞼の上に落とした数滴を瞬きで流し込む…という、なんとも情けないもの。瞼の上の化粧品も一緒に入ってしまう気がするけれど、他に方法がないのだから仕方がない。

「なんだ、そんな事か」
「でもわたしにとっては…っわ、あわわっ…」

 ぺろんと下瞼をめくられ、瞳を覗き込まれる。思わず舌を出しておどけたくなった。そうでもしないと耐え切れない距離で、とくんと弾けた心音にこくりと息を呑む。

「あァ、確かに…少し充血してるな」
「ずっと書類見てたからか、目が痛くて…」

 イゾウさんの瞳に映るわたしはやっぱり瞬き一つしていないから不思議だ。
 ふむ、と何やら思案したイゾウさんはわたしの手から点眼薬を取り上げると、立てていた片膝を直してどっかりと胡座をかいた。

「俺が点してやる」
「は…?何を…」

 と言うか無理です。それはいろんな意味で無理で無茶ですよ、イゾウさん?
 そんなわたしの胸の内にはお構いなしに、"ここ"に横になれ、だなんて無茶な事をさらりと要求される。

「ちゃんと開いとけよ?」
「…頑張ります……あっ」
「ルリー?」
「わかってますようぅ…でも反射で…」
「押さえるか?」
「え、それはちょっとなんというか…」
「ほら、ならちゃんとこっち見とけ」
「あの、それはそれで…いえ」
「…そんな必死に瞑るな。子供みてェだな」
「不可抗力なんですから笑わないで下さい。わーん、もう自分でやりますからー…」

 押し問答しつつ試行錯誤するも良い方法は見つからず、行き着いた先は結局いつも通り。
 膝枕やら至近距離での接触やらのオプションで普段以上にくたびれたわたしは、くつくつ笑うイゾウさんの膝の上でぐったりとしている。これなら注射の方が千倍マシだ。

「…なんて顔してんだ」
「こんな顔です」

 投げやりに返すとぺしっと額を叩かれた。痛いと不満を漏らせば、在ろう事かイゾウさんは 涙だか薬液だか分からない液体をぺろり、と舐め上げた。何てことを。

横になったままイゾウさん越しに見上げた青空は、とてもクリアで美しかった。

「ルリにも苦手な事があったとはな」
「そりゃありますよー。他にもきっとたくさん有ります」
「へェ、それは知るのが楽しみだ」
「楽しみ!?やですよ、克服するし隠し通します。そう言うイゾウさんには無いんですか?」
「有ったとして、教えると思うか?」
「え、てことは有るんだ…ずるい、教えて下さい」
「まァ…俺も"それ"は苦手だな」
「え…?じゃあ…あっ、わたしの、返して下さい!ずるいイゾウさんばかり!」

 飛び起きて取り返そうとしたら軽々と指一本で抑え込まれ、そのままがっしりと後ろから抱えられてしまった。
 「これは俺が預かっとく」って事は、使うたびにイゾウさんを呼ばなきゃならないのかなぁ…
 それはそれで…ううん、新しいのを買おう。そしていつかイゾウさんに…

20150513



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