イゾウさんとご飯

 今日はとてもお天気が良い。
 これといった急ぎの仕事もなく、敵襲もなく、隊務もなく。
 持て余していた時間を有効に使うべく妙案を思い付いたのは、ついさっき。

 早速厨房の隅を借りて、自前の調理器具でご飯を炊く。その間にエレファントホンマグロの切り身を焼いて細かく解し、胡麻と調味料で味を整える。あとは卵を焼けばいいだろう。余り本格的な物を作っても、かえって気を遣わせてしまうだけだ。

「イゾウさーん」

 三回ノックしながら「居ますかー?」と声を掛ける。「居る」との返事で開けた扉の向こうには、山積みの書類に埋もれるイゾウさん。

「どうした?流石に追加は勘弁してくれよ」

 ほとほと疲れ切った表情に、返す言葉なんて浮かばない。「違いますよ」とだけ告げて、提げていた包みを目の前に持ち上げる。

「少し休憩、しませんか?」
「ん?」

 古式ゆかしく風呂敷包みにしたそれは、予想通りイゾウさんの興味を引いた様だ。

「お天気がとても良いので、外でご飯でも如何ですか?……という、お誘いです」
「ほう……悪くねェ誘いだな」

 わたしの意図を察したイゾウさんはすぐさまインクの蓋を閉め、軽い足取りで部屋を出て来る。昨日から部屋に詰めっぱなしだったからだろう。身体のあちこちを伸ばしながら歩くイゾウさんからは、ぺきぺき音が聞こえる。

「この辺にしますか?」
「あァ、陽当たりも良くて静かでいい」

 ぺたりと腰を下ろして広げた包みの中身は、所謂“お弁当”。エレファントホンマグロフレークを混ぜたおにぎりと玉子焼き、それに漬物を添えただけの、シンプルなもの。飲み物は、ポットに詰めた温かいお茶。

「ベタでシンプルなのですみません。さっき急に思い付いて……」
「いや、」
「あ!でも海苔ぱりぱりは拘りです!」

 別添えで持ってきた海苔を差し出せば、その勢いがツボだったらしく、イゾウさんは思いっきり笑う。

「もう、そんなに笑わないで下さい……」
「いや悪ィ……じゃア早速、その拘りをいただくか」
「どうぞーわたしもいただきます」

 うん、我ながらよく出来たおにぎりだ。男の人には少し小さいかもしれないけれど、そこは数でカバー。土鍋炊きのおかげで出来たおこげがまた美味しい。
 そしてイゾウさんの好みに合わせた、甘くない玉子焼き。わたしも甘くない方が好きなので丁度いい。味の好みが似ているというのは、存外嬉しいものなのだ。

「今度はもう少しちゃんとしたお弁当を作りますね」
「これだって十分美味いぞ?」
「う……ありがとうです」

 イゾウさんの食べっぷりを見ればそれがお世辞ではないと思えるのだけれど、おにぎりくらいで……と申し訳ない気持ちの方が勝る。

「ごちそうさん」
「お粗末さまでした」

 わたしは2つ、イゾウさんは4つ。
 あっという間に平らげて、お茶を手にほっと一息。ぽかぽかの日差しに誘われたのか、イゾウさんが小さく欠伸を噛み殺すのが見えた。

「終わりそうですか?」
「だといいがな……」

 言いながら伸びをひとつ。欠伸をまた一つ。

「イゾウさん、わたし手伝いますから……少しだけ、お昼寝しませんか?」

 このくらいの息抜きをしたって、誰も怒る人はいないだろう。

「あァ……少しだけ、な……」
「え……」

 気が抜けたのか、微睡みながら呟いたイゾウさんが落ちてきたのは、わたしの脚の上。

「痺れるまで寝かせてくれ」
「痺れなかったらどうします?」
「……ルリに任せる」
「……はーい。おやすみなさい」

 脚に乗った頭がすとんと重たくなって、眩しげに緩く顰められている目元にそっと庇を作れば、すやすやと聞こえ始める寝息。
 瞬く間に穏やかな表情になったイゾウさんから意識を逸らしながら、少し温くなったお茶を一口啜った。

(20151125



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