星々はめぐる。


「オヤジさん、リリィです。入りますね」

マルコさんとエリンからオヤジさんの都合のいい時間を聞き、初めて一人でオヤジさんの部屋を訪ねた。

「グララララ!!すっかり肝の据わったいい顔になってるじゃねぇか!」

開口一番そう言って笑ったオヤジさんに促されるがままに、ここ最近の出来事を話す。
必要な事はマルコさんから報告を受けているであろうに、口を挟まずに最後まで聞いてくれたオヤジさんは、私の悩みや不安や疑問一つ一つに頷き笑い唸り、気付けば青かった海は濃紺に色を変えていた。

「そういえば…マルコさんが事有る毎に私の事を“海賊向きだ”って言うんですよ」
「海賊船向きたぁ、傑作じゃねぇか」

複雑な顔を隠せない私を「流石は俺の娘だ」なんてグラグラ笑い飛ばすオヤジさんはやっぱりマルコさんのオヤジさんだなぁと思ったけれど、それは何だかマルコさんを喜ばせそうな気がしたので口に出さないでおいた。

「リリィ、それでどうした?」
「はい?」
「世間話しに来た訳じゃねえだろう?」

そう、ここまでは閑話休題。
本来の要件はまだだった。

「はい…あの、この先に有る島なんですけど…」
「あァ…」
「もしかして、オヤジさんと会った島じゃないかと…思って…」

それに気付いたのは、昨日の晩。
航海士さんに貰った白地図に、私がモビーに乗ってからの航路を引いていた時の事だった。
現在居る海域は、滅多に見られない天体の位置関係、天候、その他色々な要因が絡み合って、今年は通常と違う潮の流れになっている…と聞いていた。
とは言え、私にとっては全てが初めての事。一体どのくらい違うのだろうかと、過去の航路を重ねて驚いた。
それは、20数年前に一度モビーが通った航路とほぼ同じだったのだ。

「それと…レッドフォースの航海日誌にも書いてあったんです。“数日も進めば元の海流に出てしまう。そうなる前に追い付いて子供と遊ぶと言い出した大頭を、誰も止められなかった”って…」

ベンさんの許可は出ているとの事なので、暇を見て読み込んだレッドフォースの航海日誌。
そこには私が赤髪さんと遊んだ日とその前後の様子がかなり細かく記して有り、殆ど覚えていない私でもまるで自分の記憶の様にその景色を思い描く事が出来た。

「今この海流に乗るとはな…これも運命ってヤツなのかも知れねえなあ」
「オヤジさんでも運命なんて言葉、使うんですね」
「グララララ…!らしくねえか?」
「あっ、そういう事じゃないんですけど」

オヤジさんなら、一度だけ見たあの大きな薙刀でザクザクと道を切り拓いて行きそうだと思う。
素直にそう伝えると、それも間違っちゃいねえと笑ったオヤジさんは、急に真面目な表情になる。私には届かない高い位置にある窓から遠くを見ていたと思ったら、こちらに向き直ると、ふっと小さく笑った。

「抗えねえモンってえのに、一度や二度はぶつかるもんだ。だがな、リリィよ…おめえは今独りじゃねえ。なにも心配は要らねえ」
「はい。ありがとうオヤジさん」

見守って支えてくれる人がいるっていい。
それは、この世界に帰って来て一番実感している事だった。





「あれ、イゾウさん」
「どうだった?」
「やっぱりそうみたい。私の居た島だって」

オヤジさんの部屋を出ると、自室で待っていると言っていたイゾウさんが目の前に立っていた。
ああこの人は本当に、私以上に私の事を分かってくれている。考えるより先に駆け寄って初めて、自分が不安になっていたとやっと気付いたというのに。

「まあ…今更だよね…20年も経っていて私の事を知ってる人なんて居ないだろうから…」

自分に言い聞かせる様に口にすると、ぽすんと頭を撫でられる。
何も怖い事なんて無いはずなのに、今までのどの島に降りる時にも感じなかったこの感覚。未だ足りないピースだらけの記憶が埋まる事は大歓迎なのに、どうして…

「怖ェよな。自分の知らねェ自分が居るかもしれないってのは」
「…うん」

家族が居るかもしれない、海軍の家系かもしれない、犯罪者だったかもしれない…
大人になった私の事を判る人なんて居ないだろうと思いつつも、色んな可能性が次々と浮かんでは消える。

「まァ…年端もいかねェガキじゃ、そういう事だけはねェだろ」
「…え…?」

そういう事と言うのは、つまりこの場合…
そっと横目で見れば、うっかり口を滑らせたらしいイゾウさんはとてつもなくばつが悪い表情で、どうやら私の思った通りの意味だと確信する。

「イゾウさん」

込み上げる笑いを隠しもしない呼びかけに、返事は無かった。

「イゾウさんイゾウさん。ねぇ、イゾウさん」
「…一度呼べば聞こえてる」

そう言われても、人目に付く場所で腕に絡みついてぐりぐりと纏わり付く、なんて自分らしくない行動を抑える事なんて出来なくて。

「ふふ…なんか嬉しいなあ」
「なんだそのしまりのねェ顔は…」
「真顔で居るなんて、無理」

言い切った私に呆れた眼差しを向けたイゾウさんは、それでも腕を振り解く事はしなかった。

「無いよ、イゾウさん以外は過去にも未来にも」

背中にぽすんと額を預けて呟くと、「分かってる」と一言だけ返ってきた。
今も未来も過去も、何があっても私にはイゾウさんが居る、イゾウさんしか居ない。

それだけで十分だ。


開いた扉の先、漆黒に波打つ海原の遥か先には、ぼんやりと人工の光が見え始めていた。


end…?
(20150108

BacK / inDex / NexT

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