きょうだい。


周囲に敵船の影は無く、波も穏やか。
暑過ぎず寒過ぎず、ぽかぽかの陽気が人を呼び、モビーの甲板では真昼間から酒瓶を片手に寛ぐ隊長たちの姿があった。



「なあ、リリィって幾つなんだ?」
「ん?歳の事?」

いつか来ると思ってた。
そしてそれは予想通りエースからの質問で…

「エース、女性に年齢を聞くもんじゃねえよい」
「マルコさん、その気遣いはかえって辛い感じに…」
「リリィまだ若えだろ?」
「と思うけど…ちゃんとした年齢は分からないんだよね。えーと、帰って来て半年くらい。それから…」

“あっち”の世界で暮らしてたのが約20年。モビーに居た時はまだ小さな子どもだったと言うから……

「…だいたいそんな感じみたいです」
「ざっくりしてんな、オイ」

だって誕生日も分からないのに、年齢が分かる筈が無い。この辺の細かい記憶は未だに曖昧で、オヤジさんも正確な年齢は覚えてないと云う。男の人のこういう部分は、どの時代でもどの世界でも変わらない様だ。

「幾つでもイイけど…30歳を超えていないと思いたいなあ」
「思いっきり気にしてんじゃん」
「心配すんな、30代の肌じゃねえよい」
「うわ…なんかものすごい説得力で怖いんですけど…」

謎の観察眼で何故かドヤ顔のマルコさんから恐る恐る目を逸らし、さっきから横で黙ったままのイゾウさんを見ると、タイミング良く目が合ってしまった。すると意味有りげにクツリと笑ったイゾウさんは、何事も無かったかの様に新しい酒瓶を手にしてハルタと何やら話し始めてしまう。
なんだろう、凄く気になる。年齢の話の時にあんな表情とか、どっちの意味に取ったら良いのか…

煩悶とする私を他所に、みんなの話題は私の年齢が幾つがイイかという事に移っている。若干…かなり各人の好みが入っている気がしなくもない。
誰ですか、50代がイイとか言ってるのは。
イゾウさんの声が相槌以外に聞こえない事だけが、せめてもの救いだった。

「ん…?て事はつまり、リリィはマルコやジョズの姉ちゃんになるのか?」
「え?モビーの兄弟ってそういう順番で決まるの!?」
「ならねェよ」
「よかった。こんな大きな弟、嫌だし…」
「ぶふっ」
「へえ…言うじゃねえかよい」
「じゃあマルコさん、私の事お姉ちゃんって呼んでくれます?」

ゲラゲラとお腹を抱えて笑うサッチは、本当に学習しないと思う。いや、してるのかな?一応蹴りは避けてたし。

「ちょリリィ、マジ勘弁してくれっての。やっべぇ腹いてー」

ごろごろ転がって笑うサッチに、今度こそマルコさんの蹴りがヒットして、ぎゃーとかぐえとか何か聞こえた気がしたけど、私はきっと悪くない。

「イゾウ、てめえの隊員の躾はきっちりしやがれ」
「だとよ、行くぞリリィ」
「え?何処に?」

残っていたアルコールを一気に飲み干すと、何も言わずに含みのある笑みだけを皆に残して先に立ったイゾウさんの後を、慌てて追い掛ける。
こうやってみんなの前から二人揃って抜け出す事には、未だに慣れなかった。
後でサッチやハルタにニヤニヤされる事は、覚悟しておこう……



「イゾウさん、何処行くの?」

てっきり部屋に戻るのかと思ってたのに、イゾウさんは逆の方向へとすたすたと歩いて行く。ようやく追い付いて袖を掴めば、やっと歩く速度を緩めてくれた。
この方向に有るのは……

「書庫?」
「あァ。リリィに見せてェモンが有る」

書庫は今、専ら私のフィールドで、そこでイゾウさんが私に見せたい物だなんて、全く心当たりが無かった。私が蔵書の整理をしている時にも滅多に来ないし……
考えているうちに書庫の前に着き、預かっている鍵を取り出し扉を開ける。

ぎぃっと重たい音を立てて開いた扉からは、外の気候より少しだけ冷えた空気が流れ出した。
先に入ったイゾウさんは、真っ直ぐに稀覯本の並んだ書架に向かうと、一冊の古い本を取り出して私に示す。

「これだ」
「これ…航海日誌?」

いつからそこに有ったのか、全く記憶に無いそれは、よく見ればモビーの物では無い。
でも羊皮紙の表紙に押された焼印には、見憶えが有る…こんな物が、何故ここに…

「これ、レッドフォースの…?」
「いつかリリィが見つければ、それでイイと思ってたんだがな」

栞を挟んで有ったページを迷わず開いた事から、イゾウさんが予めこれに目を通していた事が分かる。
見せられたページの日付は約20年前……

「これが…どうしたの?」

促され読み進めると、どうやら赤髪さんがモビーに来ていた日の記録の様だった。丁寧に綴られた文章の端々から、ベンさんの気苦労が垣間見える。昔からあの人はきっと変わらないんだろうと、半年前のレッドフォースでの赤髪さんを懐かしく思い返す。

「…これ、オヤジさんの言ってた私と赤髪さんが遊んだ日の事だ…」
「あァ。そしてモビーの記録には無い事が書いてある」

湧き上がる不安と好奇心を抑え、一言一句読み漏らさない様に慎重に文字を追う。私たちは随分と派手にモビー中を駆け回って居たらしい。

「―――*歳の子供と同じレベルで遊ぶ大頭には……え、これって…」
「そういう事だ。もしやと思って副船長に頼んで借り受けたんだが…当たりだったな」

恐らくあの副船長なら細かく記しているだろうと、そう考えて根回しをしてくれていたらしい。それでもすぐに私に教えてくれなかったのは、自分で思い出すならそれが一番だと思ったからだと、淡々と説明してくれるイゾウさんとは逆に、私の心の中は温かさと安心感でじんわりと満ち始めていた。

「そっか…そっか、私…」
「知りたくなかったか?」
「ううん、嬉しい。こんな事一つでもこうやってはっきり分かれば、私はここに居るんだって安心出来るから」

暗に不安を滲ませてしまったと気付いたけれど、取り繕ってもイゾウさんには見抜かれてしまうからそのままにした。
本から目線を上げるとぽすんと頭をひと撫でしてくれたイゾウさんは、私の手元から取り上げた本を閉じて机に置くと無言で両腕を広げたので、躊躇わずその胸に飛び込んだ。

「ふふ…」
「なに笑ってんだ」

嬉しさを抑えきれなくて零した笑いに返されたのは少し呆れた声だったけれど、そんな事は気にならないくらい嬉しかったから。
回した腕にめいっぱい力を込める。

「イゾウさんが気に掛けてくれてて、嬉しいなあって」
「当たり前だろう?まァ、リリィが幾つだろうが俺には関係ねェけどな」
「…それでも嬉しい。こういう些細な事って、思ってた以上に大切だったりするから…」

さりげなく更に嬉しくなる事を言われて、熱くなる頬を隠そうと埋めようとした顔は強引に上を向かされ、火照る頬にひやりと冷たい唇が押し付けられる。

「余計な心配すんな。ここは間違いなく、リリィの居る場所だ」
「…うん、イゾウさんも居るしね」
「当たり前の事言ってんじゃねェよ」

その当たり前がどれだけ奇跡的で、どれだけ幸福な事か。
真っ直ぐに見詰めれば、噛み付く様に降って来た口付けで心も身体も満たされた私は、不安をまた一つ、海に投げ捨てた。


end
※細かい年齢と誕生日は、お好きに脳内設定して頂ければと思います。

(20141114

BacK / inDex / NexT

Back to top / main
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -