つながる。


私がこの世界に帰って来てから数ヶ月。
モビーは順調な航海を続けていた。
私とイゾウさんも特に変わりは無く、それなりに穏やかな日々を過ごしている。
あくまで海賊船としての穏やかさ、では有るけれど、勿論そこに不満なんて無い。

当然、毎日が楽しい。
新しい事もいっぱい知れるし、行く場所行く場所殆ど全てが初めてで、ワクワクしっ放しだ。




「じゃあ、後はよろしくお願いします」
「おう、任せときな!」

工具箱を開き、早速作業に取り掛かった船大工さんに声を掛け向かった先は、隣に有るイゾウさんの部屋。

「イゾウさん、大工さん来ましたよー?」

相変わらずぐだぐだと惰眠を貪るイゾウさんに声を掛ければ、もぞっと寝返りを打ちシーツの中に逃げて行く。この動き、絶対起きてた…ただ布団から出たくないだけなんだこの人は。

「壁に穴が空く前には起きないと…」

別に寝ぼけたイゾウさんが蹴り壊すとか、ジョズさんがタックルで壊すとかそういう事ではない。正式に手続きを踏んで計画に則って、壁に穴を開けドアを取り付けるのだ。
イゾウさんと私の部屋を仕切る、壁に。


その話が出たのは、何日か前の宴の場。

襲って来た海賊船は規模の割にはお宝満載で、更に大量の酒樽を積んでいた。前回の寄港から大分日が経ち、酒類の在庫が若干心許なくなっていたモビーはその報せに大いに沸き上がった。
ここ数日続いていた、在庫を気にしつつの宴で溜まった憂さを晴らすかの様に、とにかく派手に酒宴が行われたのだ。

そんな中だった。

「え?リリィとイゾウの部屋って繋がってねえのか?」

多分エース本人に深い意図は無かったのだろう。けれどそれを聞いたイゾウさんは、すっかりその気になってしまったのだ。
私はと言うと、繋がっていればいいなあと思った事は有る…だっていくら隣でも、夜中や明け方に出入りしている所を見られたら恥ずかしい。でもドアを付けるなんて大掛かりな事が、あっさり実現するだなんて思わず。
因みに、いっそ壁を取り払えば?というサッチの提案は二人揃って即却下した。隊の人が来る事も有るし、最低限の公私は分けたいと云う部分に関しては、幸い意見が一致していたからだ。


「イゾウさん、起きてー?」
「まだ早ェだろ…」
「寝ててもいいけど…もうすぐ大工さんが壁の向こうから来るよ?」

そしたらいつもの様には起こしてあげられないし。そう言うとピクリと分かりやすく反応したイゾウさんに、電光石火のスピードで布団の中に引きずり込まれた。
…暖かい。それに、ここ数日一緒に眠っていなかったから、この温度と距離が久しぶりで……

「…びっくりした」
「リリィがぼんやりしてんだよ。まだまだ鍛え足りねェな」
「何を鍛えろと…イゾウさんこそ、ちゃんと起きられる様に訓練して?」

負けずにそう言い返すと、イゾウさんは眉間に皺を寄せて何かを考えている。こういう時は大概、私にとって良く無い事を企んでいるに決まってるんだ。

「わ…ふっ…」

ところがイゾウさんは何も言わずに私を抱き込んだ。サッチやエースと比べたら細いその腕の何処にそんな力が、と思うくらいに、ぎゅうぎゅうと強く。

「ちょ、痛い苦しいイゾウさん…っ」
「馬鹿リリィ」
「は?」
「俺が自分で起きちまったら、朝からこういう事出来ねェだろ」
「…呆れた……どうしちゃったの今朝のイゾウさんは」

呆れた振りして視線を反らして。
浴衣のはだけた胸元にぴたりとくっつけた頬から伝わるイゾウさんの鼓動は思ったより冷静で、一方で高鳴る私の鼓動はきっと、しっかりとイゾウさんに伝わっている。
狡い。
こう言う時のイゾウさんは、本当に狡いと思う。

「リリィだって、楽しみにしてるんじゃねェのか?」
「楽しみだなんてそんな…って、流される所だった…そんな事言ったって、今日はダメ。ほら、もう大工さんが壁を抜き始めてるし!」

確かに毎朝の楽しみだし、朝のこの習慣が私とイゾウさんの距離を縮める一翼を担った事は否定出来ない…けど、今はそんな場合じゃない。
ギコギコと、向こうからこちらへと行き来する鋸の先端が顔を見せ始めた。ぐるりと一周すれば、今度は大工さんが顔を出す。こんな状態を見られてしまうのは、絶対に嫌だ。それに…例え男の人にだって、寝起きのイゾウさんの纏うこの雰囲気を見せたくなかった。
じっと目で訴えると渋々とベッドシーツをめくったイゾウさんの腕から、するりと抜け出す。

「ふふ。おはよう。朝だよイゾウさん」

まだ寝足りねェと、恨めしげに訴えるその目蓋に、いつもの様にベッドサイドに立ったままそっと口付けを落とす。

「ちっ…仕方ねェ、起きるか…」

起き上がりながら私を引き寄せたイゾウさんは、はむりと私の唇に噛み付いてちろりと下唇を舐め、漸くスッキリとした顔で身体を伸ばした。

「おはようリリィ」

ああもう、朝から本当にこの人は……



「よ…っと。朝からすんませんね、すぐ終わらせますんで」

ガタン、と大きな音と共にくり抜かれた壁穴から大工さんが現れたのは、そのすぐ後の事。

そしてその言葉通り、食事から戻るとそこにはしっかりとしたドアが取り付けられていた。もちろん、鍵は無い。

「これでいつでも行き来出来るな」

出来栄えに満足そうなイゾウさんは、食堂から持って来たお茶を片手にゆっくりと紫煙を燻らせている。
行き来と言っても、主に移動するのは私だと思う…

「…程々に、お願いします」

色々と。
そう釘を刺して、早速扉を開けた。
気圧が動いてふわっと流れた空気が、私の部屋とイゾウさんの部屋を一つに繋ぐ。

「お昼まで書庫の整理して来るね。二度寝しないでね、隊長?」

もう一本刺した釘に、煙管の火を落とした手で返事をしたイゾウさんに笑顔を返し、後ろ手でそっと扉を閉めた。

私の部屋の中にふわりと香ったイゾウさんの部屋の匂いに、思わずふふっと笑った。

end
(20141106


BacK / inDex / NexT

Back to top / main
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -