gane | ナノ


▼ 05.不行跡な観察者

話し合いを速やかに、滞りなく終えて戻ったイゾウは、自分達を待っていた人数の少なさに盛大に顔を顰めた。その気配に慌てた部下の男は、火を点けたばかりの煙草を投げ捨て姿勢を正す。

「……おい、他の奴らはどうした」
「すんません、カナさんが散歩してくるって離れたら、あいつもどっか行っちまって……」
「あの馬鹿……」

矢張り無理矢理にでも連れて行くべきだった。イゾウの表情がありありとそう語っていて、それを察した男は場を収めようと口を開く。

「で、でも二人ともこの島出身だし、心配いらないじゃないっすか」
「……なんだって?」

しかし予想に反しそれは逆効果で、不機嫌さをより濃くしたイゾウの問いに、言葉を選べず言い淀む。イゾウと共に話し合いに臨んだ男は、触らぬ神に何とやらで黙りを決め込んでいる。

「いや、だから……」
「あいつもこの島の出なのか?」
「え?イゾウ隊長知らなかったんすか?」
「聞いてねェ」
「みたいっすよ?奥の方の出身だって言ってましたけど……」

初耳だった。
当然イゾウは知っていると思っていたらしい男は仲間の発言を訝しむが、その度合いはイゾウの比では無い。

「二人を探しに行くぞ」

そう言ってイゾウが港と反対に歩き出した時。ぽつりぽつり、と降り出した雨が、石畳に小さな染みを作り始めた。







村の在った場所には廃墟が建ち並び、人々の営みの気配は感じられなかった。
住居だったモノの朽ち果て具合と覆う蔦から察するに、ゆうに十年以上の年月は経っているように見える。
それでもカナは、その場所に立ち入る気にはならなかった。ぐるりと迂回して森の奥深く、母と妹の眠る場所を目指す。
もう二度と会えない覚悟で島を離れたが、こうして戻って来てしまった。このまま様子を見ずに出て行ってしまえば、後々きっと後悔する。

雨足は次第に強くなり、道無き道を進むカナの行く手を阻む。
人の手が入らなくなって長いその森は、当時より深く重く、人の侵入を拒んでいる様に思えた。

「……!?」

その時だった。
村の方角から何かの気配がした気がした。しかし街からここへ来るまで、人はもちろんの事、動物の気配すら感じる事は無かった筈だ。

(……気のせい?)

カナは覇気を持っていないが、それでも生物の気配を察する事くらいは出来る。
考え事をしながら歩いては居たが、後ろを付いてくる何かに気付かない程に、無防備では無かったつもりだ。

「……うそ……」

信じられない光景が広がっていた。
確かに母と妹を埋めたその場所が、掘り起こされていたのだ。昔掘られたというならまだ分かる。しかしどう見てもこれは、つい最近掘られた穴だ。剥き出しの底には枯葉など無く、降り注ぐ雨を飲み込み続けている。

場所を間違えたのかとも思った。しかし、記憶に焼き付けた光景はここで間違い無い。
注意深く周囲を観察すれば、カナが来たのとは逆の方向から往復する一筋の足跡が見て取れる。動物などでは無い、明らかに人間の靴跡だ。

――矢張り、人が居る。

疑念は確信に変わった。最大限に神経を張り巡らし、腰に携えた得物に手を添え慎重に足跡を追う。
ぬかるんだ大地に深く濃く刻まれたその足跡は、その人物が重たい物を運んだ可能性を示している。

「ああ……最悪だ……」

それが何か、誰か。
考えない様にしていたのに、思わず本音が口を衝いていた。
一つしか無い、一人しか居ない。
考えるまでも無い。そしてそれはどちらもカナの家族だ。
だから選ぶとか選ばないとか、どちらが大切だとか、そんな事を考えた事は無い……しかし片方は理不尽に奪われ、片方には鉄の掟がある。
ぐらぐらと揺れ続ける天秤は、どっちつかずのままぐらぐらと揺れ続け、とうとうガタンと音を立てて崩れ落ちた。

「あーあ……ほんっと最悪だ……ごめんなさい、オヤジさん……イゾウさん。ごめん……」

縋る様に呼んだのもまた、家族の名前。
その名をもう一度、心の中で呟いて。
深く被っていたフードを乱暴に取り払うと、カナは村だった場所へ勢いよく飛び込んだ。

「みーつけた……」

端から存在を隠す必要など無い相手だ。
村の中心、“あの”広場に視える人影に向けて、石畳が砕ける程強く踏み込んで、大きく飛び込み一閃した。
自分でも予想外の強さだったその勢いに、びり、と軽く痺れの走った足をぴょんぴょん飛び跳ねて解しながら、男との距離を探る。

「危ねぇなぁ……家族に対して、随分な態度じゃねぇの?手合わせしたいなら、喜んで受け……」
「冗談を聞く気分じゃ無いんだけど?」
「本心っすよ?カナとおれは同郷者で、白ひげの家族だろ?」
「その言葉を…オヤジさんの名前を、気安く口にしないで…」

はん、と鼻で嗤った男が、咥えていた煙草を指先で弾くように投げ捨てると、綺麗に放物線を描いて木製の箱に吸い込まれた。
刹那、猛烈な勢いで炎が上がる。その熱風でガラガラと崩れた木箱が爆ぜ、垣間見えたモノのシルエットに、カナは息を飲む。

「な……に、やってるの……」

そうだ、無いのだ――問いながらも分かっていた。男がここに居る以上有る筈のモノが、無くなったモノが何処にも見えない事を、何故一瞬でも失念してしまったのか……

「忌々しいモノを処分してるんすよ。ついでにあなたの首も貰えると、有難い。その首に懸かってる億の賞金…当然俺のモンっすよね?」






その村の場所を知る人間は、街に殆ど居なかった。幾人かの老人達は僅かに反応を見せたが、皆揃って何かに怯え、イゾウ達の前から逃げる様に立ち去ってしまう。

「くそ、どうなってやがる……」
「あ、イゾウ隊長あれ……」

呼ばれて向けた視線の先には、黒い煙が一筋。まるで行き先を指し示すかの如く、天に向かってゆっくりと立ち昇っていた。消えそうな程に細いが、然程遠い距離では無い。

「俺が行く。お前らはモビーに戻ってマルコに報告して、指示を仰げ」
「りょーかいっす」

言い終わるや否や、イゾウは駆け出した。
走りながら思い浮かべたカナの瞳は、綺麗な翡翠色。

「雨の中俺を走らせやがって……覚悟出来てんだろうなァ……カナ……」

にへら、と笑ったカナの眠た気な瞳から、ぽろり、と涙が零れた気がした。
しかし強まる雨に飲まれ、流されてしまう。
それっきりカナは、笑う事も泣く事もせず、背中を向けて表情を見せる事無く、イゾウの中に留まり続けた。

「ふ……ざけんじゃねェ」

縁起でもねェ。
音になったかは分からない。
神頼みなんて柄じゃないと思う余裕も無く、イゾウはただカナの無事だけを願いながら、全力で走り続けた。

(20150121


prev / next

[ back to main / back to top ]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -