gane | ナノ


▼ 04.可塑性の闖入者

世の中は動く、変わる。
そんな事は分かっていても、いざ自分の事となればなかなか受け入れ難い。
この賑やかな港の奥に、本当に自分の生まれ育ったあの村が在るなんて……足を踏み入れてもなお、カナは信じる事が出来なかった。あれは隣の島でした――そう言われた方が余程納得が行く。
だが現実はそんなに優しくはない。



「やだなあ……なんか異次元異邦人」
「なんだそれは」
「記憶の中の景色と違い過ぎて、ここは何処私は誰状態真っ最中なのです」
「大丈夫っすか、カナさん」
「あ、大丈夫大丈夫。こんくらいの軽口、混乱してるうちに入らないから」
「まぁ……“そこ”まで行く事にはならねェだろ。ぱっぱと話つけて帰って飲みてェ」

同行する家族にカナがこの島の出身だとは伝えているが、それが奥地の村だという事はイゾウ以外には言っていない。
一瞬身体を強張らせたカナはちらりと横目でイゾウを睨むが、当のイゾウは涼しい顔で、カナは飲み込んだ溜息の代わりに軽口を吐く。

「久々の偵察なのに、イゾウ隊長やる気なさ過ぎ……」
「じゃあ聞くが……俺がやる気を伴って何かをした事有ったか?」
「無い。けど……そこ、堂々と言う所!?」
「そっちこそ、きっぱり断言するか?」

イゾウとカナのやり取りに、家族たちが遠慮無く笑う。歩きながらお腹を抱えて笑うなんて器用な事をしながら、それでも遅れずに付いて来る。
カナは無意識に、フードを深く被り直していた。往来の人が増え、見慣れぬ出で立ちのイゾウと賑やかな一団は明らかに人目を引き始めていたからだ。

あれから身長も伸びた。
子供から大人になり、化粧もしている。
特徴的な翡翠色の瞳はコンタクトで色を変えていて、家族ですらその本当の色を知る者は少ない。
いつもは下ろしている髪も今日は目立たない様にまとめ、フードに隠している。
それ以前に、自分が関わった人の殆どは既にこの世に居ない。
それなのに、何をこんなに恐れているのか――

「あ、ここです。随分立派になってますけど、ここで間違いないです」

目の前に現れた建物は、記憶以上に重厚で物々しい。正直、この島には似つかわしく無い……というのが彼女の抱いた感想だった。

「じゃあ早速行くか……カナはどうする?一緒に来るか?」
「ここで待ってます。中に入ってフード被ったままって訳にはいかないでしょうし」
「じゃアこいつらと待ってろ。お前は俺と来な。すぐ終わらせる」

イゾウが連れて行ったのは海賊にしては見目も口調も穏やかな男。そして置いて行ったのはいかにも海賊然とした男二人。適材適所の人員配置だ。

「いってらっしゃい。お土産待ってますね」

カナの言葉にイゾウはひらりと後ろ手で手を振り応え、門を潜っていった。



「雨、降りそう……」

手持ち無沙汰なカナは特に考えもなくぽつりと呟いた。隣に居る男たちは二人で何やら楽しげに喋っている。
二人のうち一人と、カナは全く面識が無かった。顔合わせの時に「こんな人居たっけ?」と思わず口に出しそうになった程だ。
もう一人は昔からイゾウの隊に居り、カナも何度か酒を酌み交わした事が有るのでよく知っているが、二人で居るところは見た覚えが無い。
尤もカナは元々周囲の人間関係に無関心な方なので、それ以上気にする事なく、そのまま重たくなる一方の雲を眺め続けていた。

……確かあの日も雨だった。
いつから降っていたのか分からないが、我に返った時カナは余す所無く雨に打たれていた。
あの雨は色々なモノを流してくれた。
汗も血も、村とのしがらみも、自らに宿りかけた狂気の熱も、涙も――――

「……さん、カナさん!」
「あ、ごめん。起きてるけど寝てた」
「なんすかそれ、めちゃくちゃにも程がある」

呆れ口調で失笑した顔見知りの隊員は、隣に立つ男とカナを交互に見遣り、「と言う訳で…」と続けた。何がと言う訳なのか、完全に意識を他所へ彷徨わせていたカナには皆目検討がつかないのだが、取り敢えず話に耳を傾ける。

「こいつもこの島の出身らしくてさ」
「だからこの島つってもおれはもっと奥の方だから、この辺は全然分かんねえんだよ」
「……え?」

聞き間違いではと、本気で我が耳を疑った。
そんな筈は……無いとは言い切れないが、あんな小さな、しかもカナがその人数を更に減らした村の人間と、出会うだけでなく同じ船に乗るなんて、一体どれほどの確率なのか……
もしかしたら、カナが島を出た後に別の新しい集落が出来たのかもしれない。その可能性の方が高いと思えた。

その後あれこれと話し掛けられた気もするが、何にどう返事をしたのかすら、カナは全く思い出せなかった。





愚にもつかない口実で二人から離れ、カナは一人ふらふらと街を歩く。
街角に乱雑に貼られた手配書の山……その中にしっかりと自分も混ざっている事を視界の隅で確認し、自嘲しながら視線を落とす。
港の賑やかさの割に狭かった街を抜け、一歩奥地へ分け入ると様相は一変した。
舗装された道など無く、薄くなる潮の匂いと引き替えに濃くなる土の匂い、草木の匂い……
矢張り変わってなどいない。

海での生活を主にする様になってだいぶ経つ。
久しぶりの噎せ返る様な大地の匂いが、カナの記憶を揺り動かし始める。



あの日カナが我を取り戻した時、周囲に人の動く気配は無かった。全員に手を下したとは思えないので、恐らく幾人かは逃げ帰ったのだろう。
誰が居て誰が居ないか、そんな事はどうでも良かった。

「ママ達……埋めてあげなきゃ……」

彼女が考えていたのはその事だけだった。
長くここに留まる訳にはいかないが、二人をこのまま置いては行けない。逃げた村人が戻って来ないうちに、早く……
しかし人目に付く場所に埋葬しては、自分が離れた後にどうなるか想像に難く無い。
考えた末カナが選んだ場所は、長く禁忌の地とされていた森の奥。古臭い風習の根強いこの村なら、その謂われは強固な防壁になる。

宵闇と雨に紛れ、人目を忍び森の奥へ入ったカナは、淡々と穴を掘った。濡れた土は重かったが、それを重いとは感じなかった。今思えばあの時は色々なモノが麻痺していたのだ。
穴の底に二人を丁寧に並べ、僅かに躊躇った後に土と落ち葉をかけてなるべく元通りに戻した。墓標は立てなかった。ここだって安全という訳ではない。心の中に立てた墓標と景色をしっかり記憶に刻んだカナは、ぷつん――と燃料が切れた様にその場に崩れ落ちた。

そこで初めて、カナは泣いた。
痛いと思ったし、雨が冷たいと思った。
身体もあちこちが切れ、痣になっていた。

それ以外は何も感じず考えられず、次に思考と身体が動き出したのは、空の色が変わった頃だった――――



(あの時の事……思い返したの初めてかも……)

ぽつり、と雨粒がひとつ。フードの隙をぬって頬に触れる。

「雨……」

楽しかった事を思い出して上書きしたい。
そう考えて必死に記憶を手繰るが、浮かんで来るのはイゾウの顔ばかり。つい先ほど別れたばかりなのに、随分と長く顔を見ていない気がする。

「イゾウ、さん……」

ぽつり呟いた声は、雨粒と共に大地に吸い込まれる。
話し合いはそろそろ終わった頃だろうか?あの場で待っていなかった自分に気付いたら、どんな顔をするだろうか――結局浮かぶのはイゾウの事ばかり。
無自覚に綻んだ頬で見上げた空は、生い茂る木々で隠され、半分しか見えなかった。

(20141219


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