gane | ナノ


▼ 01.不眠症の眠り姫

目が覚めたらまた独りだった

寝る前もその前も、ずっと一人だ
恐らく明日も、



ならば眠らなくていい
昨日も明日も無くなるから

ずっと今日なら
家族の居る今日が続くから
それで……








「あ、イゾウ隊長お邪魔してます」
「カナてめェ…人の部屋を仮眠室に使うんじゃねェと何度言ったら分かるんだ」

部屋に近付くイゾウの気配を察して身体を起こし、隊長と呼んだのは、せめてもの敬意。

「んー、だってこの部屋静かだし綺麗だし布団ふかふかだし、短期決戦にはもって来いなんですよね」

特に悪びれる様子も無く身体を伸ばすカナはスッキリとした表情で、ため息を吐くイゾウに笑い掛けている。

「使用料、そこに置いときましたから」

カナの視線の先には一本の酒瓶。イゾウでもなかなか目にする事の無い珍しいその酒を、カナはいつも何処からか手に入れ、惜しむ事無くイゾウに提供する。

「有難く頂く、が…コレ何本かでイイベッド買えんじゃねェのか?」
「やだなぁ、ここで寝るから良いんじゃ無いですか」

ふふっと笑いながらカナがベッドから降りた拍子に、左から右へ緩く流された長い前髪がはらりと耳朶から溢れた。


イゾウを見詰める双眸は、透き通る様に綺麗な翡翠色。


久々に遮る物無く間近で見たその瞳は、滅多に狼狽える事のないイゾウですら息を飲む程の、静かで深い美しさを湛えていた。


「…ダメですよ、イゾウさん?吸い込まれたら、喰われます」


今夜のメニューを伝えるかの如く軽い口調でそう告げたカナは気怠そうに髪を掻き上げ、傍らに置いた愛刀を手に取る。

「お邪魔さまでした」

擦れ違い様にそっとイゾウの頬に口付け、カナは静かに部屋を出て行った。


「独りで寝れねェ癖に…強がってんじゃねェよ、餓鬼が…」


憑かれていた何かが抜けたかの様にどっと脱力したイゾウは、崩れる様にベッドに身を投げると、そのまま暫くの間ぼんやりと天井を見詰めて居た。


意識だけが、
深い深い翠の底を彷徨って…






「ん?」
「だから、未開の村が有るらしいんだよ」
「未開って…村が有るなら、それは既に未開では無いんじゃ?」
「そうなのか?よく分かんねえけど、とにかく知られてない村、だ」
「うん。それで?寄るって?」
「みてえだな。様子見に何人か出すつってた。カナに伝えとけってマルコが…これうめえな」
「私?あ、これも食べていいよ」
「お、わりいな」

配膳カウンターに最も近い席。
心底旨そうに食事を平らげて行くエースと、その向かいで淡々とフォークを口に運ぶカナの姿は、食堂にある置物の様にいつも変わらない馴染みの光景だった。

「おめーら、食いながら平然と大事な話してんじゃねーよ…」
「エースはもう寝てるけどね」
「…っは!寝てねえし!」
「カナはもっと食えってんだ」

そこにサッチが混ざり、日によってはラクヨウやハルタも混ざり…それもまた、見慣れた日常の一コマ。

「相変わらず喧しいなァ、お前さん達は」

そしてイゾウの一言で、漸く一同は落ち着いて食事を始める事となる。

カナは隣に座ったイゾウをチラリと見遣るも、「先程はどうも」等とは口にしない。イゾウとて似たようなもので、特にその件には触れずサクサクと自らの膳を片付けて行く。


隠している訳では無いが、家族とは云え男と女。頻繁に部屋に出入りしていれば在らぬ噂が立ちかねず、二人ともそういう話題は面倒な性質だった。

正直、二人の関係は微妙だ。
カナがイゾウの部屋で勝手に眠るのは良く有る事だが、他の家族の部屋で眠る事は無い。
イゾウからだったりカナからだったりはまちまちだが、先刻の様にキスをする事も稀に有る。
人前では隊長と呼ぶが、二人の時は「イゾウさん」と呼ぶ。

でも、それだけだ。

それ以上の行為は無いし、甘い雰囲気になる事も、まず無い。
お互い悪からず思っている事は事実だが、その事を口にした事も無かった。

カナは2番隊だが、イゾウと居る時間の方が多いくらいだった。何をする訳では無いが、なんとなく一緒に居る。

カナにとってイゾウは、家族の中でも特別な存在、という自覚は有る。
ただそれがどんな位置で、どの程度で、何処から来て……そう云った部分はとても霞んでいて、自分の気持ち乍ら掴み兼ねている。

イゾウと居るのは心地良い。
だから一緒に居る。それだけで今はいい。

何度考えても結局行き着く先はここで、後はもう堂々巡りになってしまうのが常だった。


「そう云えばイゾウも行くんだよな?」

ぼんやりと思考を漂わせていたカナは、その名前にハッとなり慌てて顔を上げる。

「え?イゾウ…隊長が?珍しい」

イゾウ独特の装いは、良くも悪くも人目を引く。変装をすれば問題は無いのだが、本人がそれを良しとしないので、イゾウが偵察に出る事は殆ど無かったのだ。

「まァ…ロクに人も居ねェ島じゃ、どんなナリしてようが他所モンが人目に留まる事に代わりはねェからな」

言われてみれば、確かに。
全員が納得して顔を見合わせると、誰からともなく笑い出した。

「笑ってんじゃねェよ。カナ、飯食ったら行くぞ、マルコに呼ばれてんだ」
「はーい」







「あれ?二人だけですか?」
「とりあえず、だよい。他の奴らは後から改めて説明する」

二度手間になるのに?とカナは疑問をイゾウに向けるが、イゾウが無言で首を振るので素直に頷く。
イゾウが行く事といい、今回は幾らか特殊な事情が有るようだ。

「さて、今回上陸する島だが……」

何故か勿体付ける様に言葉を切ったマルコは、カナを真剣な眼差しでじっと見詰めると、手元の書類に視線を移して口を開いた。


「最大の目的は―――xx村」


(20140816


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