▼ 00.prologue
そう遠くない昔のお話
新世界の片隅、小さな島の小さな小さな村
素朴で平穏なその村の外れで、少女は母と妹と三人で慎ましく暮らしていました
世俗から隔離された場所が、独自の文化・信仰を育むのは珍しい事では無く、他聞に洩れずその村にも様々な風習が有りました
しかし、例え世俗の常識と比べずれていたとしても、その小さな世界しか知らない村人達にはそれに気付く術が有りません
また、古い習慣を護ろうとする一部の人々は外の世界の情報をとても嫌い、どんな手を使ってでもそれらの侵入を拒みました
故に村を出ると云う事は、二度と戻れないと云う事を意味するのです
いつの間にかその村が老人と女子供だらけになっていたのは
在る意味自然の摂理と言えましょう
自分たちに父親が居ないのはその所為なんだと分かる年齢まで少女が育った頃
外部との交流を断ち続けていた筈のその村で、それまで発生した事の無い疫病が流行りました
満足な医療設備など無く、祈祷師が病を治すと信じる人の少なくないその村で、病が蔓延するのに時間はかかりませんでした
しかし不思議な事に、少女と家族は罹患しなかったのです
それが噂となり、村の長たちが都合のいい伝承と関連付けるのは、病の蔓延より早く一瞬の事でした
所用で数刻ほど家を空けていた少女が戻ると、母と妹の姿が見えません
僅かに乱れた室内の様子に嫌な予感を抱いた少女は、広場まで走りました
多くの村人が病に伏せっているとは云え余りにも静かな村の様子に、嫌な汗が背中を流れます
角を曲がり、目の前が開けた瞬間―――
「カナ!逃げなさい!!」
普段は大人しい母の叫び声にそちらを見遣ると、綺麗なプラチナブロンドのロングヘアがぱらぱらと風に散らばるのが見えました
その後の出来事を、少女は暫く思い出す事が出来ませんでした
次に少女が目にしたのは
刃の潰れた刀を握り締める自分の震える手と、青い空
血濡れた刀身に映る冷めた双眸は
母と妹とお揃いの
翡翠色
―gane
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