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あまい一粒

▼Home、ホワイトデー編

明け方、起きるにはまだ少し早い時間。
浅い眠りに必死にしがみついて居ると、遠慮がちなノックの音に呼び起こされる。
僅かに感じたその気配に飛び起きるも、まさかそんな筈は無いと半信半疑で扉を開けてみると…

……そのまさか、だった…

「…お、おはようございます?」
「グララララ、どうしたルリ、寝ぼけた様な顔しやがって」

まだ薄暗い時間、流石の親父も声は抑えて居たけれど、そんな事より…

「びっくりしちゃって…」

わたしの部屋に親父が来るのは初めてで、しかもこんな早朝。何がなんだかさっぱり訳が分からない。
そして徐に渡されたのは、親父にしては小さく、わたしには大きなずっしりと重い包み。

「ほぇ…?これは一体??」
「いつだかの礼だ」
「お礼…??」
「起こして悪かったな、年寄りの朝は早ぇんだ」

必死に心当たりを辿るわたしを他所に一方的に話を纏めた親父は、そそくさと船長室の方へと戻って行ってしまう。

「何だったんだろう…?あ、お礼言い忘れちゃった…」

すっかり目が覚めてしまったのでそのまま身支度を整え、親父に貰った包みを開ける。

「うわぁ…初めて見た」

中には、わたしの好きなお酒の、わたしには手の出せない最高級のボトル。

キラキラ綺麗なそのボトルを棚の紙風船の隣に大切に並べ、食堂へ行く事にした。
まだ早いけど早番の誰かは厨房に出てるから、コーヒーくらいは飲めるだろう。




……

……と、思ったのに。

部屋を出てコーヒーを飲むまでに、こんなに時間がかかったのは初めてだった。

「ありがとう」

こんな早朝なのに、会う人会う人に何かを手渡され、気付けば両手いっぱいに持ち切れない程の、色とりどりの包み。

「そっか、今日って……」

ここまで来れば、流石のわたしも状況を理解する。

あれからもう一ヶ月が経ってたんだ。
今日の事なんて何も考えずに全員に配ってしまったけれど…朝からこれでは、有難い事とは云え今日一日が思いやられるなぁと、贅沢なため息が零れた。


やっと食堂に着いたのに、両手が塞がっていて扉が開けられない。近くに人も見えないので仕方なく一度部屋に戻ろうと踵を返すと、背後でカチャリと扉の開く音がして顔だけで振り返る。

「すげーなぁ、おい」

ニヤニヤ笑いながら扉を開けてくれたサッチは、崩れ落ちそうだった荷物を一抱え受け取ってくれた。

「ありがとう。なんか、大変な事になっちゃった…」
「みんな嬉しかったんだろ。ほれ、ここでも沢山待ってるぜ?」
「わ…どうしよう、サッチ…」
「とりあえずコーヒー、だろ?」

念願のコーヒーに続いて出されたのは、わたし好みに作られた“スペシャルサッチプレート”。名前はともかく、味は格別な素敵な朝ごはんだった。

その間にも次々とお返しを貰ってしまい、気付けば机の上には山が出来て向こうが見えない。

「こりゃ、今日は仕事になんねぇな」
「あ、おはようございます。どうしましょう…これ…」
「頑張って食うしかねぇだろ。太ったって後で泣くなよい」

山の向こうからヒョイっと現れたマルコ隊長は手ぶらで安堵するも、実はちゃんと用意されていて「ジョズやビスタにおれが負ける訳ねえよい」と云う、謎の言葉と共に後で渡される事になるのだけど…


わたしがあげたのは本当に小さなチョコ一つなのに。
それなのにこんなに沢山…予想外の事態に申し訳なさでいっぱいになる。


人の出入りが落ち着き、静かになった食堂の隅でほっと一息ついて漸く、イゾウさんにまだ会っていないと気付いた。日がな一日イゾウさんの事を考えている訳じゃ無いけれど、それすら気付かない程にバタバタと慌ただしい一日の始まりに、慣れない事はするものじゃないなぁと一ヶ月前の自分の気まぐれさを嘆く。

ぐんにゃりと机に突っ伏してもだもだとそんな事を考えていたら、背後から人が近付き、コトリ、コトリとわたしの周りに何かを並べる音がした。

顔を上げなくたって誰かは分かる。

「イゾウさん……おはようです」
「面白ェ事になってるな」
「そんな事無いですよ…今日一日どうしようかと…」

もそもそと顔を上げようとすると、ツンと指先で頭を押さえられる。

「まだそのまま伏せてな」
「あ…はい?」

わたしの背後に立ちゴソゴソと何かをするイゾウさんとの距離は意外に近く、たまに触れる袖口がこそばゆい。

「…イゾウさん、なに遊んでるんですか?」

何をしているのか、カサカサと紙の音もする。

気になってチラリと脇目で覗けば、どうやらわたしの周りには、貰った包みでぐるりと壁が作られつつ有るみたいだった。

「動けないんですけど…」

それに、壁に遮られ何も見えない。
楽しそうなイゾウさんの気配と、遠くで微かにサッチとハルタが何かコソコソ話す気配だけがする。


つんつんと頭を突かれたのでゆっくり顔を上げると、イゾウさんが避けて作ったらしい目の前の空間に、さっきまでは無かった綺麗な包みが一つ。

「これ…?」
「これだけ有ったらもう要らねェか?」
「…!そんな事ないです」

思わずばっと両手で胸に抱えたわたしを見ながら、イゾウさんはゆっくりと隣に腰を降ろす。

「ありがとうございます…開けていいですか?」
「あァ」

薄紫の柔らかい和紙の包みを丁寧に解くと、中には綺麗な小瓶が三本入った小箱。

「可愛い…。金平糖ですか…?」
「子供っぽいかとも思ったんだけどな」

ピンク色の金平糖が詰められた小瓶の栓を慎重に抜き、手のひらに数粒、コロンと転がす。

「そんな事ないですよ?ふふ…懐かしいなぁ…」

ポンと一粒口に放り込むと、舌の上で棘が溶けて控え目で上品な砂糖の甘さが広がる。

「あ、イゾウさんも食べますか?」

一粒を指で摘み、そのままイゾウさんの口に運んだ。


本当に無意識だった。
意識してたらこんな事絶対に出来ない。


今日も綺麗に紅が引かれた少し冷たい口唇に指先が微かに触れ、ハッと我に返る。

「甘ェ…けど美味いな」
「ぁ……」

自分の行動に気付いた途端、真っ赤になるとかそんなレベルじゃなく、全身が沸騰して火を吹いた。

それなのに触れた指先だけが冷たくて、その温度差がたった今の自分の行為を思い出させる。

「どうした、ルリ?溶けるぞ?」

イゾウさんはわたしの手のひらに残った最後の一粒をひょいっと摘むと、狼狽えるわたしの口に押し込んだ。

その指先も、少し冷たかった。

「な、な……イゾ、さ…」

イゾウさんわたしのが口唇に触れた…とか、食べさせて貰っちゃったとか、口唇カサカサじゃなかったかなとか、そういえばここ食堂だったとか、ぐるぐると色んな事が駆け巡り、あわあわと完全にテンパって視線を泳がすわたしを見て、イゾウさんはクツクツと楽しそうに笑った。

fin.…?


「…ここが食堂だって言って来いっての」
「ヤダよ。そんな命知らずな事」
「甘いってんだよ、ったく」
「ほんっと、砂吐きそう。所でサッチ気付いた??何枚か挟まれてたメモ、イゾウがこっそり握り潰してたの」
「マジか?」
「大マジ。ふふふ…いいネタ手に入れちゃった」

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