過去拍手文 | ナノ

キモチのカタチ

みなさまから頂いたお祝いを、イゾウさんに届けに行きましょう。

「うわ、今年も多いなあ……」

イゾウさんの誕生日の翌日。
まだ甲板で騒ぐ隊員も残る中、浮いた心を一足早く通常モードに戻したわたしは、文書室の扉を開けて思わず独りごちた。

(500…600は有りそう……傘下のクルーにナースさんに、島々のお姉さん、かあ……イゾウさんは相変わらず……)

続く言葉を脳内から追い払うべく、よいしょ、とわざとらしく声を出して腰を下ろす。今日のわたしの仕事は、山積みにされた贈り物の仕分けだ。
手紙を束ね、プレゼント(主に酒瓶だと思われる)をざっくり分けて箱に詰め……ついでに、不審な物が無いかのチェックもする。
これは一年を通して、わたしの仕事の一つとしてやっている事。特別な事ではないのに、いつもと少し気分が違うのは、多分気のせいじゃないと思う。

だって……イゾウさん宛は明らかに、女性からの贈り物が多い。とにかくイゾウさんは、エース程じゃないにしても女性に人気がある。
そんな事実で現実が、今目の前にあるのだ。

「よし、おしまい」

さくさく進めたと思っていたのに、軽く一時間は過ぎていた。
聞けば隊長たちは随分と遅くまで(日が昇っていたらしいので、早くまで?)飲んでいたようだけれど、イゾウさんなら起きている頃だろう。
これをイゾウさんの元に届ければ、この仕事はおしまいだ。

二つになった箱に掛けた紐を引いてイゾウさんの部屋に向かう。
途中すれ違った何人かが、ついでに届けてくれと酒瓶を箱に放り込んだ。その度にずしりと重さが増して、紐が手に食い込む。

「おもた……っ」

ずりずりと、最後は全身で引きながら辿り着いたイゾウさんの部屋。
コンコンコン。
三回ノックはわたしの合図。だから名乗らず待つも、反応はない。
(あれ……?)
紅い筋の残る手でもう一度、今度は少し強く叩く。少しの間、そしてがざがさと動く気配。しまった、起こしてしまったかも……

「ごめんなさい、また後で……あれ?」

言い切る前開いた扉。そこに居たのは寝起きでも何でもない、いつも通りのイゾウさん。

「ああ、よかった。起きてたんですね」
「悪ィ、ちょっと手が離せなかった」

ふわり。
イゾウさんの後ろから流れて来た空気は、嗅ぎ慣れない、でもとてもいい香り。
これ、もしかして……

「アンバーグリスですか!?」

こくりと頷いたイゾウさんは、立ち尽くすわたしの足元を見て用件を察してくれて(肝心の話をすっかり忘れてた)軽々と箱を担ぎ、室内に運んでくれた。

「試しに抽出してみた。香りが立つのはこれからだけどな」

嬉しい。ちゃんとこうやって使って貰えて。
机の上には、オイルランプとアンバーグリスの塊。まだほんのりと煙が立っていて、本当に今抽出を終えたばかりのようだった。
ふわふわと漂う香りを堪能したところで、ようやく本題を思い出す。

「これ、今年の分です。お酒が沢山ですよ」

イゾウさんと二人、中身を一つ一つ確認していく。
金糸の織り込まれた浴衣帯に、酒器セット。透かし感が素敵な扇子は、そのままイゾウさんの懐に仕舞われた。次いで酒瓶を一本一本並べながら「これは当分酒に困らねェな」なんて現金な事を言うイゾウさんは、早くも飲む気満々のようだ。
何故か今年は魔王が多い。……うん、分からなくはない。もちろん本人には言えないけど。

「森伊蔵はもう定番ですね。あとは十四代に獺祭の……あ、これ……」

幻の名酒だ……!名前は知っているけれど現物を見たのは初めて。どんな入手ルートで、いやそれよりも誰がこれを……
恐る恐る包みを確認する。贈り物は値段じゃないとは思っていても、これだけの品をイゾウさんに贈ろうとする人は一体どんな人なのか。気にならない訳がない。

「ベイさん……だ」

あからさまにホッとした声を出してしまった。その意味をイゾウさんに気付かれやしないかとドキドキする。
「開けていいぞ」と言われ包みを解くと、中には一枚のメッセージカード。

「“二人で飲んでね”……だそうです。二人……?」
「そういう事だろうな、他に居るか?」
「え、わたしですか?」

イゾウさんの瞳は確実にわたしを見て頷いていて。
えええ!?と慌てふためくわたしを置いて、イゾウさんは山のような手紙に手を伸ばした。
ベイさんの贈り物には去年も驚いたけれど、今年もなんて物を……

はあ。と溜め息を落とした床に座って、一通一通律儀に目を通すイゾウさんを、ぼんやりと眺める。
なんて書いてあるんだろう、誘われてるのかな?あ、眉を顰めた。苦笑いした。え?舌打ちした?何を言われて、どう思ってるのかな……

――ああもう、ダメだわたし。
年々強くなるこの感情は、あまり歓迎したいものではない。
それでも次々浮かんで止まないさもしい思考を、抱えた膝に擦り付けて振り払う。

「……おい、どうした?」
「あ、いえ。ちょっと……考え事です」

「昨日飲み過ぎたかもです」そんな言葉を足して誤魔化して。
この程度で誤魔化されてくれる人ではないけれど、深く詮索する人でもない。だからわたしは甘えてしまう。
気付いて。でも気付かない振りをして。

「ったく……これを今から飲もうかと思ったが……飲み過ぎたなら、やめとくか?」
「あ……う、」

言葉に詰まる。
本当にイゾウさんには叶わない。ちゃんと分かってくれて、分かってしまって。
それでいて、こうして軽く流してくれる。
少しの意地悪は、イゾウさんの優しさ。

「さ、どうする?」と何度もわたしに問いかけるイゾウさんがご機嫌気味に手に取ったのは、ベイさんから贈られたお酒。
幻の……

「ルリも飲むだろ?」
「……飲み、ます」

クツリ、笑い声が聞こえた。
しまった。今わたし、ものすごく飲みたい顔をしてしまった気がする……!

「違います!お酒が欲しいんじゃなくてベイさんが二人でって……」

クツクツと、お腹を抱えんばかりの勢いでイゾウさんが笑い出した。
違います違います!必死に否定するわたしの声が、虚しく響く。

「イゾウさん、笑い過ぎです!ほら、手元揺れてますよ!?」
「大丈夫だ、酒は溢さねェよ」

グラスの中でふるふると揺れるお酒が落ち着くのを待って、グラスを持ち上げる。

「乾杯」

視線とグラスを合わせて。
「おめでとうございます」何度目かのその言葉を贈って、言葉にできないくらい美味しいそのお酒を一気に流し込んだ。

fin.
沢山、ありがとう!


「あ、エースおはよう。今起きたの?」
「まだねみい……けど腹減った。ん?なんか良い匂いするな」
「え?そうかな?あ……」
(もしかして、アンバーグリスの香りかも……)

fin.
〜2016.12.20


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