過去拍手文 | ナノ

くじらは巡る

イゾウさんの誕生日準備に一人駆け回るお話。

「はあ……」

漏れたのは今日何度目のため息か。日に日に回数は増えている気がするが、気にする余裕はない。だが……

(やっぱり無茶だったかなあ……)

ルリが居るのはとある諸島。
行き交う漁船や客船を乗り継ぎ、島々を渡り歩いていた。
家族に頼み込み、モビーディック号の航路から僅かばかり外れたその諸島の一つに送って貰ったのは数日前の事。
「土産は肉でいいぞ!」ニカっと笑い家へと戻ったオレンジのテンガロンハットは、今夜迎えに来てくれる事になっている。

時間が惜しい。すぐさま人混みに紛れた彼女は、露天商から路地裏の雑貨店まで、手当たり次第に目当ての品を探して回る。時には噂程度の情報を頼りに、看板を掲げていない店まで訪ねた。一つの島が終わればまた次の島へ。眠る時間も惜しんで動き続けた。

そもそも幻と言われている物。いつか手に入れば。心の片隅にそう留め置いていたそれが、何故か多く上がるのが、この諸島。
それを知り、航路を確認し、暦を見て。
手に入れるチャンスだ。そう確信した彼女の行動は早かった。渋る上長を説き伏せ、家族に頼み込み、その日のうちにはここに来ていた。

上物だなんて贅沢は言わない。けれどそれなりの物を。そんな期待を持って島々を巡るも、幻はやはり幻。そうやすやすとお目にかかれるとは思っていなかったが、ここまで影も形もないとは。

それでもルリは折れなかった。
どうしても手に入れ、そして贈りたい。強い思いがそこにはあった。
価値や珍しさで喜ぶ人ではない。しかしその存在を知った時、いつか贈りたいと思ってしまったのだ。

(次の島でダメなら、他を考えるしかないかなあ……)

約束された未来などない。分かってはいても先を望んでしまう気持ちは年々大きくなる。
生きていればきっといつか、機会は訪れるだろう。ならばその時に……
弱気な思考が湧き上がるのは、疲れの所為かもしれない。

どこまでも続く海と島々の影を目で追いながら、彼女は三たびため息を吐く。

「どうした嬢ちゃん、船酔いか?」

初老の漁師の言葉に首を振れば、男は白い歯をむき出しにして笑う。

「おじさんは、見た事があるんですよね?」
「ああ、何度もな。特に今年の様な天候の年には、よく上がる。おれの船の名前を知ってるだろう?」

港で船を探していた彼女が男と出会ったのは偶然だった。―ambre gris、船の名前に足を止めた彼女に声をかけた男に、近くの島へ行きたい、そう告げれば快諾してくれた。
道すがら話して驚く。男は彼女の探し物をよく知っていたのだから。

笑顔で頷けば照れた様に目をそらした男は、手元で鳴き出した電伝虫を手に取ってなにやや話し始める。

「――分かった、おれが行くまで誰にも売るんじゃねえぞ……嬢ちゃん、早速朗報だ。仲間の船がそれらしきもんを上げたらしい」
「本当ですか!?」
「ああ、ツイてるな。嬢ちゃんも幸運だが、相手も相当持ってるなこりゃ」

指を立てて片目を瞑り、コレか?なんて懐かしい仕草をされ、苦笑いするしかなかった。それでも憎めないこの男の人懐こさは、どこか家族に似ている。

「違いますよ。でも……大切な人です」

旅は道づれとは言うが……つい零した本音に、当の本人が一番照れていては世話がない。
それでも笑い飛ばすこともなく、くしゃりと頭を撫でてきた海の男の手は、大きくて強い家族を思い出させ、少しだけ鼻の奥がツンとした。

本編に続きます〜。

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