過去拍手文 | ナノ

26時の花園

わたしが寄港中にあまり外で飲まない理由の一つに、羽を伸ばすみんなの邪魔をしたくない、という事がある。夜の街で、女としてのわたしの目を気にする家族が意外と多いと気付いたからだ。
みんながみんな、サッチみたいに堂々とお姉さんを伴って夜の街へ消えられるのかと言うと、そうでもないらしい。
美味しいお酒さえ手に入れられればモビーで過ごす事に何の不満も無いわたしは、いつからか自室で夜を過ごす事が増えた。一人静かに部屋で飲むのも好きだし、時には家族と甲板や食堂で酒盛りをする。こっそり親父と飲む時は、二人きりだと髭を触らせてくれる。これはわたしだけの特権で、イゾウさんにも内緒だ。

それでもモビーでこうした夜を過ごすのは、初めての事だった。


「ほら、早く行きましょうよ」
「待って無理、流石にそれは無理だから!」

珍しくナースさん達と過ごした夜。
何でこうなったのか、気付いた時には着せ替え人形よろしくみんなにおもちゃにされていた。わたしも彼女たちも、そこまで酔ってはいなかった筈なのに。
わたしだって最低限の化粧はしている。お洒落は嫌いではないし身嗜みにも気を使っているけれど、動きやすさ重視で華やかさや可愛さが二の次になってしまうのは仕方がない。だってわたしは海賊なんだから。ところが。

「そんなのはダメよ」

ばっさりと一刀両断された。

「別に女を捨ててるとかじゃないよ?ほら、みんなのナース服みたいな…」
「それとは別だわ」
「そうよ。勿論他所の船の子に比べたら綺麗にしてるけど、白ひげの娘なんだから」
「そうよね。白ひげの娘だものね」

その言葉で一気に上がるテンション。この船に於いてその名前は本当に魔法の言葉だ。マルコ隊長を思い浮かべながら納得していたら、何処から取りしたのか沢山のメイク道具が机の上に並べられていた。嫌な予感。

「普段のナチュラルメイクも悪くないけど、せっかく素材が良いんだからもっと冒険しなくちゃ」
「あ、このシャドウ似合いそうね」
「それならあの服も…」
「ちょっと待って、いったい何を…」
「決まってるでしょ」

男性ならばきっと瞬殺なのであろう満面の笑みを浮かべた彼女たちに囲まれ、この場だけなら、と了承してしまったのが運の尽き。
途端、四方から伸びた手がわたしの服を脱がせ顔を弄り始める。瞬く間に作り変えられてしまった自分の姿を見て唖然とした。彼女たちの技術が高過ぎて、そこに居たのは見知らぬ顔だった。誰だこれは。

「そうだ。せっかくだから、イゾウ隊長に見せに行きましょうか」
「は…?」

我ながら随分と間抜けな声が出た。
だって今夜の船番は16番隊なのだ。イゾウさんが甲板に居るとは限らないけれど、古巣故に顔見知りも多い。イゾウさんの耳に入ってしまう確率は、途轍もなく高い。
それ以前に、イゾウさんに見せに行くのは何かが違う。わたしとイゾウさんは、そういう事ではない。違うんだ。それにそんな事をしたら、明日からどんな顔をして会ったら良いのか分からなくなる。昨日の方が良かった、なんて言われたら…もう立ち直れない。
そんなわたしの必死の抵抗虚しく、両手を引かれ背中を押され、外へと連れ出されてしまった。
これが女性の集団パワーか。なんて感心している時点でわたしの女子力とやらは落第点なのだろうか。それは少し、ううんかなり、遣る瀬無い気持ちになる。

「あ、居たわ。イゾウ隊長ー!」

案の定、甲板に出てすぐにイゾウさんと行きあってしまった。反らす間も無くしっかりと絡んだ視線。外す事が出来なくて佇むと、いつもより重たい睫毛が動くのを感じる。どうですか、彼女?なんて感想を求める彼女たちの声は潮風と混ざってわたしの耳を通り抜ける。ついでに酔いも奪っていく。ああもう、このまま海の藻屑になってしまいたい。

「…ちょっとルリと道具を借りて良いか?」
「へ?」
「もちろんですよ。どうぞお好きに」
「お好きにって…え?え!?」

「すぐ戻るから待ってな」とナースさん達に言い残し、イゾウさんはわたしの手を引いてずんずんと何処かへ向かった。みんなの前から二人で逃げ出すみたいなこんな行動、イゾウさんらしくないしとても恥ずかしい。
そんなわたしを他所に、ここでいいかと独り言ちたイゾウさんに積荷の陰に押し込まれた。これは一体どんな状況なんだろう。

「あの、イゾウさん……?」
「動くなよ?」

そんな事を言われても、顎に指を添えられたらびくりと反応してしまう。くつりと笑ったイゾウさんは、するすると器用に化粧を直していく。ナースさん達にも同じ事をされたばかりなのに、頬を滑る手はそれ以上に気持ち良い。恥ずかしさに目を閉じれば、瞼にも柔らかい感触が走って擽ったかった。

「よし、これでいい」
「え?」
「さっきのも悪くねェんだが…ルリにはこれくらいの方が似合ってる」

ぼん!と全身が、特に顔が豪快に火を噴いた。危ない、ここには弾薬の箱も有るのに。
幸い普段より濃いチークで隠れて赤味は見えないだろうけれど、返答も出来ず動く事も出来ず。情けなくもあわあわと固まっているから、イゾウさんにはきっと丸バレだ。

「さ、戻るぞ」

待たせると厄介だからな。なんて言うイゾウさんに差し出された手を掴んで立ち上がる。そのひやりとした指で耳朶をふにと摘まれ顔を向けると、耳にかけていた髪をさらりと下ろされた。


わたし達を待ち受けるのは、きゃあきゃあとモビーらしからぬ黄色い声。

「流石イゾウ隊長ね」
「ホント、私たちよりよっぽどよく分かってるわ」
「見たかったわーメイクするイゾウ隊長」
「見せ物じゃねェよ」

そこで漸くわたしは、彼女たちの好奇の目を避ける為に移動させられたのだと気付いた。確かにみんなの前であんな事をされていたら、正気を保てずに逃げ出していただろう。

色々と満足したらしい彼女たちは、わたしをその場に残し船内に戻ってしまった。夜更かしはお肌の敵なのよ。だなんて、だったらわたしも連れて行ってくれたらいいのに。

「なんか悔しいです」
「ん?」
「イゾウさんの方がわたしの事分かってるみたい」
「自分の事は自分が一番分からねェモンなんだよ。それにしたって、随分と遊ばれたな」
「ホント、何でこんな事に…」

ぐったりと項垂れると、ククッと笑い声が聞こえた。何だか今日はイゾウさんに笑われてばかりの様な気がする。

「まァ…たまには良いんじゃねェか?」
「それは…」

どっちが?とは聞けなかった。この姿の事なのか、ナースさん達と飲む事なのか…
すとんと背中を船縁に預けモビーを見渡せば、見張り台から人が降りて来るのが見えた。真上に見えていた月は、少し低くなっている。

「もう交代の時間だな。このまま飲みに降りるか?」
「良いですけど…でもわたし、何も持って来てないですよ?」

寝る時以外は殆ど外さないホルスターは、彼女たちの手で取り外されている。いくらなんでも丸腰で出掛けるというのは心許ない。取りに戻るついでに着替えてしまおう、そんな目論見はイゾウさんに看破されていた様で。

「俺が一緒で指一本触れさせる訳ねェだろ。この際、非日常をとことん楽しんだらいい。あァ、それと…普段にも不満なんかねェから、心配するな」
「な、な……」

思考停止。
再起動したのは、街に降りて暫く経ってからだった。

すれ違ったサッチとラクヨウさんがニヤニヤとイゾウさんを見て、何も言わずに通り過ぎて行った。イゾウさんと顔を見合わせて笑っていたら、三間ほど後ろからわたしの名前に疑問符を付けて呼ぶ声が聞こえた。
笑い過ぎて返事は出来なかった。

「イゾウが珍しく女連れてると思ったのによ……なんだ、つまらねぇな」

その感想は、わたしをとても喜ばせる。
だってイゾウさんは滅多に女の人と歩かないって事だもん、ね?

fin.
〜2015.06.21


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