過去拍手文 | ナノ

花咲く呼吸

バレンタイン前日譚

去年と同じ轍は踏むまい、そう心に決めた今年の二月。
去年はふとした思い付きで皆に配ってしまったばかりに(親しい人以外には、ご自由にお持ち下さい、って籠を置いておいただけなんだけど…)翌月に沢山のお返しを貰ってしまい、更にこれはみんなには内緒だけれど、沢山の甘いお菓子を食べる為に、しばらくの間必死にストレッチを続ける羽目になったのだ。

(でも…イゾウさんには、あげたいなあ)

当然親父にも渡したいし、そうなると普段お世話になってるマルコ隊長やサッチにも渡したくなってくる。

(ダメだ、これじゃ去年と同じに…)

親父だけにして他にはあげない。これが一番丸く収まる気はするけれど、気持ちはイマイチ収まらない。

「失礼しまーす。一つ聞きたい事が…」

航海士さんたちに予定を聞けば、その前日には寄港する筈だと言う。
それならば当日にお酒でも誘おうか。事前に人目を忍んで準備する必要は無いし、他の人に遠慮する事も無い。
上手くイゾウさんを誘えれば、あとは何とかなる筈…何とか頑張る。

首尾は上々だ――そう安堵した筈だったのに……

「ごめんねー。でもさすがに隊長たちには頼みにくいし…ねぇ?」
「本人を目の前にして買えないもんね」

島に着く間際、ナースさん達に護衛を頼まれてしまったのだ。ナースさんだけで出歩かせる訳には行かないし、用件が用件なので、断る選択肢は無かった。今日降りられないナースさん達は明日出掛けるのだろうから、明日もきっとお供だろう。

(ま、いいか…わざわざこの日じゃなくても、その都度ちゃんとお礼を口にして行けば…うん…)

ナースさん達は楽しそうだし、わたしだって楽しくない訳では無い。滅多にしない女性だけの買い物もお喋りも、それはそれで楽しい。

今年も1番人気はエースだった。ただこれは全員が買っていたので本命とかではなく、喜ぶ顔を見たいだけ、らしい。
意外だったのはハルタ宛を買う子が多かった事。ナースさんと喋ってる所なんて殆ど見た事無いのに…いつの間に。
全員分を買っていた子以外に、イゾウさん宛を買った子は居なかった…と思う。何をチェックしてるんだと軽く滅入ったけれど、これが自分の本心なのかと思えば、笑いが溢れた。だってナースさんに本気を出されたら、わたしなんてきっと敵わない。

「…買わないの?」
「え?」
「イゾウ隊長に買わないのかなぁって」
「あ、うん。去年みんなにあげて大変だったから…」
「なら一つだけ買えば良いのに」
「そうはいかないよー。それに一つ買うなら親父のかな」

えー!とか、買いなよ!とか、わやわやと聞こえたけれど、えへへと笑って誤魔化した。

最近はナースさん達にイゾウさんの事を突っ込まれても、否定はしなくなっていた。以前より自分の気持ちを正面から見られる様になった、という事なんだろう。だからと言って、表立って何かをする訳では無いのだけれど。

予想通り翌日もナースさんと出掛け、同じ様なやり取りを繰り返す。一つだけ違うのは親父の分のお菓子を買った事。ナースさん達のアドバイスを元に、健康に影響の無いもの一つ。そしてお酒も一本。

沢山の荷物を抱えたナースさん達とモビーへ戻ると、クルー達の期待を込めた視線が降って来る。女性だけでなく、男性にとっても重要なイベントらしい。去年まで気にした事の無かったわたしは、自分との温度差に面食らう。

(イゾウさんに限って期待してるって事は無いだろうけど…愛想ないって思われちゃうかなあ…)

それはとても嫌だけれど、これから誘うのはつまりそういう事だと言っているのと同じで、そう気付いてしまえばそんな事、恥ずかしくて出来ない。せめて事前に誘っておけば良かったと思うも、既に後の祭りだ。
今日16番隊は買い出し当番で、イゾウさんの姿はモビーに無かった。それを幸いと、親父の部屋に寄ってから自室に篭る事にした。今日はもう、誰とも会わなければいいのだ。


そんなわたしの目論見は、あっさりと崩される事となる。
寝る時以外は殆ど施錠をしない自室の扉を開けると――

室内は、桜や薔薇で、淡いピンク一色に染まっていた。

〜2015.04.09
本編に続いてます。


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