過去拍手文 | ナノ


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(あ、イゾウさんの気配がする…)

近付くに連れて強くなるイゾウさんの気配。
ドキドキと高まる鼓動。

漸く辿り着いた扉を前にして、ひとまず一度大きく深呼吸をした。



イゾウさんを探す事にばかり意識が行っていて、どうやって渡そうとか、なにを言えばいいかとか、そんな事を全く考えていなかったと今頃気付く。

(どうしよう…。会えば何とかなる…かな…?)

なるべく平静を装いつつ、思い切っていつも通りに三回ノックを……しようとして、二回目で扉が開く。
三回目を叩こうとして空を掻いた右手は、はしっとイゾウさんに掴まれていた。

「い、イゾウさん…!?」
「さっきから何やってんだ」

クツクツ笑うイゾウさんに、当然わたしの一喜一憂する気配は丸分かりだった筈で。

「あの、イゾウさんを探してて…」

心の準備が追い付かず、思わず左手に持った包みをサッと背後に隠してしまう。

「それで、あの、」
「…とりあえず入るか?」

わたしの肩越しにチラリと廊下の先を見たイゾウさんの行動に気付かない位にいっぱいいっぱいのまま無言で小さく頷くと、掴まれた手を引かれ室内へと導かれる。
パタンと後ろ手で静かに扉を閉めたイゾウさんは、わたしを座らせると小さく溜息を吐いた。

「ったく、揃いも揃ってヒマな奴らだな…」
「…え?みんな居るんですか?」
「気付かなかったのか?」
「全然…。どうしようイゾウさん、恥ずかしいです…」
「ルリが珍しい事してるからな。みんな気になってんだろ」
「え?」

どうしてイゾウさん、わたしが朝からチョコを配ってた事を知ってるんだろう?
一度も会ってなかったのに…

「まァ俺も、背中に隠したそれが気になるんだがな」
「…!!」

まさかの直球に気の利いた言葉を考える余裕も無く、薄い桃色の包みを無言でおずおずとイゾウさんに差し出す。
耐え切れず逸らしてしまった視界に最後に映ったイゾウさんの表情は僅かに綻んでいる様に見えて、微かに触れた指先がじんわりと熱くなった。

「…質が良くていい風合いの和紙だな」
「それ、蓮華草で染めた手漉き和紙なんです。一目で気に入って…」

淡く綺麗な色だったのは勿論、蓮華草の花言葉にも惹かれてイゾウさんの為に特別に選んだ一枚だった。
気に留めてくれた事が嬉しくて逸らした視線をイゾウさんに戻すと、長い綺麗な指で和紙の手触りを楽しんでくれていた。

それだけで渡した甲斐が有ると思うと、漸くほっとして肩の力が抜けた。


その花の意味には、イゾウさんが気付かなくてもいい。


カサリ、という紙の音に我に返ると、イゾウさんが包みを丁寧に開いていて慌ててその手を止める。

「ちょ…待って下さい、目の前で見られると、その…」
「何か問題でも有るのか?」
「中身には無い筈ですけど…わたしの方に色々と…」

あわあわと言い淀むわたしに、喉でクツリと笑ったイゾウさんは無言で続きを促す。

「…こういうの初めてですし、ホントはイゾウさんに最初に、あ、親父の次にですけど、渡したかったのに最後になっちゃったし、それと差をつけたらみんなに悪いなと思って、包装以外はみんなと同じで…あ、勿論一番綺麗に出来たのを選んだんですけど…」

照れ隠しに言い訳がましく長々と喋ってしまい、それがまた恥ずかしくてわたわたとしてしまう。

「気にする事じゃねェだろ?寧ろそういう所がルリらしくていいと俺は思ってるんだがな」
「え…?」
「今までの流されねェ姿も、珍しく何かやってると思えばちゃんと家族全員の事を考えてる所も、全部ルリらしくていいじゃねェか」

まるで朝からのわたしの行動を全部分かって居るかの様なその言い方に驚く。

「あの、なんでイゾウさんは…?」
「ん?あァ。朝からずっと見てたんだけどな。やっぱり気付いて無かったのか」
「え…?えぇっ!?」

見つからない筈だった。
イゾウさんはわたしの行動なんてお見通しで、モビーの中を右往左往している所を全部見られていたなんて。
そしてみんなはそれに気付いて居て、だからあんなにニヤニヤしてたんだ…

「うぅ…ひどいです、イゾウさん…」
「悪かったよ。で、お返しは三倍でいいのか?」
「…!?そこから見てたんですか!?うー…やっぱり、慣れない事をするもんじゃないですね…」

はぁぁ…と大きく溜息を吐いて俯くと、ぽんぽんと頭を撫でられる。

「そうか?俺は楽しかったがな。ありがとな」

そう言われて顔を上げると、耳元でしゃらんと小さく音がした。
そっと伸ばした手が、束ねた髪の根元にさっきまでは無かった髪飾りに触れる。

「別に今日は、女から贈るだけの日じゃねェからな」

いつも貰ってばかりだからたまにはお返しがしたかったのに…
結局またイゾウさんに沢山の温かさを貰ってしまう。

それでも…

「嬉しい…ありがとうです」

素直にそれを受け取ると、ぽすんと一瞬抱き込まれ「欲しいモン考えとけよ」と、とても小さな声で言われた。
これ以上何も…と言おうと見上げると、口端を緩く上げてパキッと小さく指を鳴らすイゾウさん。

「さて…と、あいつら片付けに行くか」

こちらを向いて無言で差し出された手を取って、わたしも立ち上がった。


fin.
拍手お礼文 〜2014.03.13


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