「…上だけ私が脱がしましょう。万歳してくだ…ちょ、立ったまま万歳されたら届かねっす」
家に着くと荷物を玄関に放置してクダリさんを風呂場に押し込んだ。雨で濡れて脱ぐのが大変そうなので上だけ私が脱がしたのだ。雨に打たれていたせいか、より白く見える肌に思わず溜め息を吐く。…しかしこのクダリさん無言だ。まじで無言である。しかも無表情なんだわ。めっちゃ怖いんですけど。…よしよし、いい感じにお湯も溜まってきたし、もう入れるだろ。
「脱いだ服はカゴに入れて下さい。着替えは後で持ってきて置いとくんで。あと着替え終わったら呼んで下さい」
じゃ、と急いで風呂場を後にする。…私も風呂入りたかったんだけどなぁ。仕方ない…病人優先だわな。着替え終えてガシガシとタオルで頭を拭きながらチラッと風呂場に視線をやる。…クダリさん、一体どないしたん?後で聞いてみるか。さてさて…荷物の片付けとクダリさんに新しいパジャマを用意せんとな。ぶえっくしょい!!イタタタ!!今の腰にきたわ!!…やべ、風邪引いたかも。
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うわー…チラーミィのがっつく姿が恐ろしい。君本当に可愛い系のポケモンなのかな?本当にそうなのかな?もしかして新種のチラーミィだったりして…あだだだ!!!お、お前…エサを飛ばしてくるな!そしてそれも拾って食べるんかい。駄目だ。突っ込みが追い付かなくなるわ。美味しそうにエサをもぐもぐするチラーミィ、ダブラン、バチュルの姿をぼんやりと見ていたのだが、風呂場の方からクダリさんの声がした。ふむ。上がったようだな。では行くべし。お前ら大人しくご飯食べてなよ。
風呂場まで向かえば無表情のクダリさんがぼんやりと私を見詰めた。いや、なんでまだ無表情なん?怖い言うてるやないですか。…まぁ良いけど。ドライヤーを取り、じゃ行きましょうとクダリさんの腕を引き部屋へと連れて行った。とりあえずクダリさんはベッドに寝かせ…る前に髪乾かしますか。プラグをコンセントに差し込み、ここに座れと、椅子をとんとん叩く私は家政婦失格だな。性格悪くてさーせん。カチッとドライヤーのスイッチを入れ、クダリさんの髪を乾かし始める。
「クダリさん、熱くない?」
「ん、大丈夫」
「熱かったら言って下さいよ」
段々乾いてきたな。男ってのは髪が短くて羨ましいねぇ。…しかしクダリさんの髪、めちゃくちゃ綺麗や。ドライヤーの風に煽られ、サラサラと綺麗な銀色の髪が靡く。…も、もみあげ固めてたんじゃなかったんだ。意外な発見が多くて名残惜しいが、乾かし終わり櫛で髪を梳いておしまいだ。さ、クダリさん…いい加減に話してもらうぞ。ベッドの脇に座り、無表情で横になっているクダリさんを睨み付ける。
「で、なんで雨の中あんなとこにいたんすか?…まさか寝ぼけてたとかじゃないっすよね」
「……」
「チッ……また無視か」
しまった。余りにイライラしたから目の前で舌打ちしてしまったわ。…しょうがない。薬とか持ってくるか。立ち上がりかけた私の服の裾を強く引かれた。おい、転けそうになったがな。手引っ張ったり、抱き付いてきたり、服引っ張ったり…なんでも有りだな、クダリさんよ。思いっきり睨んでやろうかと思ったが、駄目だった。出来なかった。
だって、こんな今にも泣き出しそうな顔した人を睨めるかって話だよ。…無表情だったと思えば急に泣きそうな顔しやがって…。困った病人だな…全く。
「…どーしたんすか?」
出来るだけ優しく言ったつもり。…これでもな!…そんな顔するんだ。何か訳があったんだろ?怒んないから言うてみてよ。うん。多分、きっと、恐らく、怒んないからさ。じっと待っていれば無言で上半身を起こすクダリさん。やっと話してくれるのか?
「……った」
「…んん?」
な、なんて?ぱーどぅん?ぱーどぅん??声が小さすぎてカオルさん聞き取れないんですけど。もっとこう…腹から声出しなよ。ほらほら、エビバディセイ!!あ、こりゃ違うか。…うご!!……あん?
ちょ、ちょちょ…ちょ、ちょいまて!!この状況の説明を求む。早急にかつ簡潔に求む…!
脳内カオル > お前クダリさんに、抱き付かれてんで。
ですよねぇぇぇ!いや分かってたけど分かりたくなかったみたいな、ね!…えぇと、分かりました。詳しく説明しよう。私カオルは抱き付かれました、クダリさんに。倒置法により私の必死感が伝わるよね。…さっきからもう…なんなん!?うひゃ…か、肩口に顔を埋めている…だと!?い、いかん…乙女ゲーのイベントが始まっている気がする!やめてくれよ…私の貞操が!こりゃ病人だとか言ってられ……。クダリさん…?私を抱き締めるクダリさんの肩が、小さく震えている。
あー…、もう…しょうがねぇ。おずおずと彼の頭に手を伸ばし、ゆっくり撫でていく。サラッサラな髪やな、まじで。
「…帰ったかと思った」
「え?」
「カオルが、元の時代に帰ったかと思った…!」
私を抱き締める力が一層強くなった。…ど、どうやら私はクダリさんに懐かれてるらしい。外にいたのも私を探していたからなんだと気付いてしまった…。うわぁ、なんか…嬉しいな。本気で心配してもらえるってさ。思わず抱き締めたくなったが、イベントが進む気がするから止めておこう。クダリさん…私はもうあの世界には帰れないんだぜ。死んだからな。なははは。
「私が帰る場所は此処しか無いっすよ」
だから安心しな、呟きながら優しく頭を撫でれば一瞬息を詰めたかと思うと堰を切ったようにクダリさんは声を上げて泣き始めた。そんな彼の頭を撫で続ける私は気付いた。あんなに激しく降っていた雨の音がしない。…あぁ、晴れたんだ。子供の様に泣き叫ぶクダリさんを見て、良かったと笑みを浮かべた。
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