…おや、誰もいない。ラッキーやね。ドカッと椅子に座り、はぁ、と溜め息をつく。そんな私にクダリさんが小さく笑い隣に座った。他愛ないお喋りをしながらゾロアークの頭を優しく撫でる。あ?ゾロアーク?私の膝枕でウトウトしてるわ。…ノボリさんの姿のままな。…はぁ、こんなの見られたら変な噂が流れそうだな。

「ノボリさんに申し訳ねぇ…」

「え、何が?」

「なんか、変な噂されそうじゃないっすか?私は気にしないけど、ノボリさんまじ可哀想だなと」

「…ふーん」

…さっきからなんかつまらなさそうにしてんだよなぁ、クダリさん。私といるのが楽しくないなら休憩してないで書類と格闘してこいよ。あの書類の山は異常過ぎだろ。しかし…足が痛いわ。ゾロアークが幸せそうな顔して寝てるからなぁ…起こせないよなぁ。可愛いんだもん、こいつ。頭を撫で続ける私をクダリさんがジッと見ているが…な、何か言いたい事あるなら言えよ…。気になるだろうが。

「ねぇ、カオルはさ」

「はいはい」

「ノボリの事、すきなの?」

「…あ?」


おい。おいおい。いきなりどうした。冗談でも言い出したのかと思ったがクダリさんは割と真剣な顔をしている。なんだよ急に……えーと、どう意味の好きなのかよくわかんないけど人間としては好きだと思う。異性としては…乙女にしか見えんから違うよな。なんかさ、私が抱く方になりそうじゃない?って何言わせんだ、ばか。
てか、クダリさん…一体なんなの?ノボリさんを取られたくないって事なん?このブラコンめ!

「人間としては好きですよ。しかし男しては見れんな」

「どうして?ノボリ、仕事も出来るし、優しいし、格好良いよ?」

「…うーん。それでも異性としては見れんっす」

私には乙女にしか見えんからな。これはノボリさんの体裁のために言わんけど。私優しい!で、満足した?とクダリさんを見るが、「ふーん…?」と一言。おい、反応に困るだろうが。…恋愛話程、面倒臭いものはないわ。…お前は幸せそうに寝てるな。穏やかな寝息を立てるゾロアークの頬を撫でようと手を伸ばしたのだが、ギュッとクダリさんに掴まれて阻止された。

「…なにすんだよ」

「ずるい…」

「はぁ…?」

何が狡いんだよ、と言おうとしたがクダリさんの衝撃的な行動に言えなかった。謎のずるい発言の後、私の手に顔を近づけた。その仕草にはてなマークを浮かべる私の耳にチュッとリップ音が聞こえ、手の甲に柔らかい感触が。…ちょ、ま、は?固まる私を無視して、クダリさんはそのまま私の手を自分の頬に当てた。熱を帯びた灰色の瞳がジッと、見詰めてくる。未だに動けずにいる私に普段見せたことのない、大人の色気を感じさせる笑みを浮かべた。

「僕にも、触ってよ」

「クダリさ…」

いつの間にか制帽を脱いでいたクダリさんがゆっくり近付いてくるのをどうしてか拒絶出来ず頭の中で、私もしかしてちゅーされるんじゃね?まじで?と他人事のようにぼんやりと考えていた。あと数センチというところで、インカムに通信が入った。

いやぁ、その後の私の素早さは半端なかった。全力でクダリさんを突き飛ばしたからね。ゾロアークも飛び起きて目を擦って何事!?って顔をしているが、ちょっと待ってねと私はインカムに耳を傾ける。

『カオルちゃーん!カオルちゃんどこー!?たすけてー!』

「…か、カズマサ?今何処や!?」

『し、シングルのホーム!』

「わかった!すぐ行くから…な、泣くなよ?」

『う、うん…早く来てねぇぇ!』


情けない声のカズマサにこりゃ駄目だと立ち上がる。チラッとクダリさんを見ると足を組んで、その上に頬杖をついて物凄く機嫌が悪そうにムスッとしている。…いや多分な、普通は私が怒るんやで?ちゅーされそうになったのは私なんやで?上司のセクハラに値するんやで?…なんであんたが怒ってんだよ。理不尽過ぎるだろ。

「クダリさん…キス魔なんすか?」

「…早くカズマサのとこに行っておいでよ」

「なんなんだよ…。あ、さっきみたいな事…色んな人にほいほいやってたらいつか刺されますよ?じゃ!」

ゾロアークを連れてカズマサが待つホームへと走り出す。…あ?顔が赤いって?…当たり前だろうが!!おま、イケメンにあんな事されてみ?…うあぁあああ!!恥ずかしくて死ねる…!クダリさんがどういう目的で…き、キスをしようとしたのか分からん…。…それも分からんが、拒絶しなかった私も分からない。…駄目だ。今は涙目であろうカズマサを救い出す事を考えよう。…顔があっつい。



「…カオルのばか!鈍感!」




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