憑いてますよ | ナノ




理科室の中にはおかしな格好をしたモノたちが楽しげに話をしていた。獣耳で煙管をくわえた着物姿の男、同じく着物姿で大きな笠を被りお盆に豆腐を乗せた少年、そしてセーラー服の女の子。三人?と呼んでいいのかわからないけど、彼ら三人を呆然と見つめていると獣耳の男がちらりと視線をぼくに向けた。

「…なんや、変なもん憑けとる坊やなぁ。カズマサ、見てみぃ。お仲間やないんか?」

「えぇええええ!?僕の友達にウナギと蜘蛛は居ませんよ!?」

「カズマサ、うるさいですよ。豆腐口の中にぶち込みましょうか?」

カズマサと呼ばれたのは豆腐を持つ少年。カズマサはごめんなさい、と呟いて静かになった。そして彼を黙らせた女の子がぼくを…いや、多分ぼくの後ろにいるモノをじっと見つめている。…あ、あれ?ぼく、ウナギと蜘蛛が憑いてるの!?そんなの…一度だってみたことがないのに……っ!!な、なに…この感じ…!突然の悪寒にぶるりと身体が震えた。ぼくの、後ろから感じる。怖くて逃げ出したいのに、一歩も動けない。…あぁ、やっぱりさっさと帰れば良かったんだ。ぼく、後悔中。

「人様に迷惑をかける奴はこの私が祓ってやる。全てな!!さぁ、てめぇら…地獄に落とされたくなかったらなぁ…さっさと少年から離れやがれってんだ!!この化けウナギに化け蜘蛛が!!」

先程までの落ち着いた様子とは一変した姿にぼくはびっくり。その容姿からは想像も出来ない暴言を吐きまくる彼女。だけど、不思議なんだ。その言葉の一つ一つが、身体に突き刺さる感じがする。突き刺さると言っても、悪い気はしない…逆に、悪いモノを…断ち切っている。うまく言えないけど…そんな、感じ。

「…消え失せなさい」

鋭い眼差しで、彼女が吐き捨てた瞬間、ぼくはその場に崩れ落ちる。力が、ぬけた…。あ、れ?気持ちがわるい…はきそう。口元を手で押さえるぼくの頭の中で声が聞こえた。

(…マスター、ごめんなさい…)

(ぼくたち、もうマスターを護れない…)

…え?ばっと顔を上げるがもうなにも聞こえない。なに、いまの。全然わからない。わからないのに…どうして、ぼくは泣いてるの?ぽろぽろと涙が溢れて溢れてとまらない。悲しい…のかな?わかんない…。涙を零すぼくの耳に、あれ?と間の抜けた声が聞こえた。涙を拭い、声の主である女の子を見る。

「クラウド……私やっちゃったかもしれないです」

「……あぁ、そうみたいやな。ミコトが祓うべきは、あいつらの後ろに隠れとったやつや」

隠れてた、やつ?直後理科室に笑い声が響く。「クスクス」という幼い女の子の笑い声。無邪気な笑い声には今まで感じたことない悪意が込められている。その笑い声は段々大きくなり、そしてぼくの耳元で聞こえ始める。こ、こわい…!ギュッと目を瞑るぼくに「あははは」と響く笑い声が急にぴたりと止んだ。…なんで?そろりと目を開けたぼくは声にならない悲鳴を上げた。

昨日の、女の子が目の前でわらってた。人形みたいにぱかりと、口を開けた女の子…よく見れば両目が、ない。更に笑い声が理科室に木霊する。ぼく、今まで沢山みてきた。そう"みてきた"だけ。そういえば、今までみてきた彼らはこんな至近距離まで近寄ってきたことはなかったと思い出した。そして気づく。ぼくは、…ずっと、まもられてたんだ。

「やっと手に入るやっと手に入るやっと手に入る身体身体身体身体うれしいうれしいうれしいうれしい」

それはゲラゲラと狂ったように笑う。ぼくは、しぬの?涙を流すぼくに触れようと、それが手をのばしかけた。が、その手がぼとり、落ちてしまう。と同時に苦しみだすではないか。わけがわかんない。パチパチと瞬きするぼくの肩を誰かがぽん、と軽く叩いた。見れば煙管をくわえた獣耳の男…クラウドが立っていた。ニヤリと笑う彼が、やっぱりなぁ、と呟く。

「坊、わしらが見えてるやろ?しかも…面倒な体質やなぁ、自分…」

「…え?どういうこと…?」

「…ま、今はあれの処理をせんとな」

すぐ終わるやろうけどな、とクラウドは煙を吐いた。彼が見る方へ視線を向けたぼくが見たのは、鬼のように恐ろしい顔をしたセーラー服の女の子……ミコトが笑うモノに殴りかかる瞬間だった。

「てめぇのせいで祓ったらいけねぇもんを祓っちまったじゃねぇかああああ!!!しかも?少年の身体目当てだっただと…?ど変態か貴様はぁああああ!!あ?痛い?そりゃあ痛くしてるから当たり前だろうが!貴様は問答無用で地獄行き。これ決定事項な。あの世で土下座しとけこのクソ野郎が!!!」

一体息継ぎをいつしてるんだろ。そんな風に思えるまでぼくは落ち着いてきたみたいだ。そしてミコトが勢いよくそれを踏みつけた。悲鳴なようなものが聞こえ身体が震えたけど…なにも、起こらない。…漸く部屋の空気が、元に戻っていった。おわった……?緊張の糸が切れたように、ぺたんとお尻をついた。そんなぼくを見てクラウドがけたけた笑うし、ミコトは申し訳なさそうな視線を向けるし、カズマサに至ってはぷるぷると身体を震わせている。

ぼくはこのとき、これから先…面倒なことに巻き込まれていく予感がした。



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