どうやら俺達は二人きりのようだった。
その上俺は死にかけで、そいつは傘もささずに俺を静かに見下ろしていた。

しとしとと陰気に降る雨の中、俺の体からは赤い血がだらだらと怠惰に流れ続け、恐ろしい程寒かった。
見上げたそいつの髪は真っ白で、片方しかない眼は虹色に光っていたので、最初は天使なのかと思った。
でも、真っ黒なスーツを着ているそいつは、よくよく見ると神々しさなんて欠片もなかった。
死にかけの俺の目の前で、綺麗なエメラルドの棒付きキャンディを取り出し、ぱくりと啣えたからだ。その気だるげな表情を見て、礼儀がなってない奴だと思った。

「おい」
呼びかけてみると、不思議と声はすんなり出た。
「何してるんだよ」
そいつはちょっと意外だ、というような顔で此方を見て笑った。
「しぶといな」
高すぎず低すぎないその声は、愉快そうにそう呟いた。俺は不愉快な気分になった。
「人が死にかけてる前だろうが」
「だから待ってるんだろう」
「何を」
「お前が死ぬのを、だよ」
頭の悪い俺は、そこでようやく目の前の奴が死神というやつなのだと気がついた。天使なわけがない。俺が天国に行ける筈がないのだから。
「キャンディをしゃぶりながらか」
「ああ。悪いか?」
「仮にも人の死だぞ。不謹慎だ」
「こっちにとっちゃ日常茶飯事なんだ。キャンディの方がよっぽど刺激的だぜ」
そう返されては、俺に言えることなど何もない。確かに俺ごときの死など、面白いことなど何もないだろう。
「そうだな」
「ああ、そうだろ」
俺は何だか気が抜けてしまい、急に眠気に襲われた。
「なあ」
「何だ?」
「俺は死ぬのかな」
「まあ、そうだろうな」
「ちょっとしたミスだったんだ。あそこで銃なんか取り出さなきゃよかった」
「今さら後悔したって遅いだろうが」
「分かってる。だけどそれさえ無ければ、俺は今頃堅気の女と平和に過ごせてたんだ」
「そうか」
そいつの返事は素っ気なかったが、それが逆に俺を酔わせた。今までの出来事が、ジェットコースターのように頭の中を駆け巡り、俺は泣きたい気分になった。

「死にたくない」
気が付くと、自然に言葉が溢れ出ていた。絶対に言うまいと思っていたのに情けないものだ。
「最後にゃみんなそう言うんだぜ」
そいつはしらけた顔で俺を見た。慣れてるんだろう。そこには同情も、軽蔑も無かった。
「それでも、死にたく、ない」
「これがあんたの寿命だ。諦めるんだな」
「ミスしなければ、もう少し生きてられたのか」
「かもな。だけど、あんたは死にかけてる。それが現実さ」
それはそうだ。俺はどうやら未練がましい男らしい。確かに死はそこまで迫っていて、笑ってしまうほど眠かった。
「死にたく、ない。死にたくは、ないんだ」
「知らねえよ。それはあんたの都合だろうが」
そいつは苦々しげに舌打ちをして、キャンディを噛み砕いた。
俺はそろそろ限界らしく、視界がぼやけてきた。どこからか虫の羽音も聞こえる。
「しにたく、ない、んだ」
「そういうのは神様にでも言ってくれ」
神様が本当にいるんだったらな、とそいつは言った。お前だって死神なんだろう。何て無責任な奴だ。
「おまえ、だって、しにがみの、くせに」
「神様と死神は違うだろ。ママに教わらなかったか?」
ママなんかいねえよ。いたら俺の人生も少しは変わっただろうな。
しかし反論する気力もなかったので、精々恨みがましい視線を向けるのが限界だった。
「もう寝ちまえよ。限界なんだろ」
「まだ、すこし」
「しぶといなあ。そうだ、最後に人生の感想だけ聞いてやるよ」
折角だからな、と言ってそいつはちょっと神妙な顔をした。恐ろしい眠気と虫の羽音に耐えながら、俺はようやく言葉を捻り出した。

「くそくらえ、だ」

そいつは愉快そうに笑って、そりゃ結構、と言った。
俺はそれをぼんやりと聞きながら、どこか満ち足りた気分で泥のような眠りに落ちた。












×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -