何年振りだろうか。
本当に久しぶりに外へ出た。

地を踏むべき両足はもう無くて、秋の日差しでさえ眩しかったから、ひとりでに涙が落ちた。
僕は彼と、一生を薄暗い蔵の中で過ごすとばかり思っていたのに。

「……どうして出してくれたのですか」
僕は思わず傍らに座る男に尋ねていた。
容姿はとても平凡で、前の家主には似ても似つかない。
柔和な微笑みを浮かべて、のんびりと遠くを見つめている。
「どうしてって……兄が死んだからですかねえ」
少年のようで青年のようでもあり老人のようでもある不思議な声だった。
見た目は不惑に差し掛かるくらいだろうか。
平凡だけれど、不思議な男だ。
「死んだのですか、あの人は」
「知りませんでしたか」
「ずっと蔵におりましたから」
そう、前の家主は僕達のような壊れ物を蒐集していたのだ。
僕達はそうして集められて、眺められることも取り出されることもなく、ただじっと蔵の中で息をしていた。

「この家をどうするのですか」
「甥にあげようと思います。君達には新しい家を用意しましょう」
「……僕も彼も、人の世に馴染めるでしょうか」
「君は俗世を知っているでしょう」
「彼は何一つ知りません」

蔵の中で生まれ、蔵の中で育った無垢な少年。
きっと、彼に俗世は似合わない。

「鬼の子供なのですね、あの少年は」
「はい」
「兄も莫迦な人だ。鬼の子など悪く扱えば殺される所だったろうに」
「……僕が来る前から彼は蔵にいました。下女の産み落とした子とだけしか聞いていません」

ああ、不毛な会話だ。
うんざりして庭に目を向けると、彼岸花が一面に咲いていた。
元はよく手入れをされていたのだろうが、今はその面影もない。
少しだけ寂しくなった。
すると、ふいに彼岸花の海が揺れた。
見上げると、彼が立っている。
「千種、ほら見て」
その腕にいっぱいの彼岸花を抱えて笑っていた。
蔵の外で見る彼は意外に背が高くて、たくましかった。
「綺麗だろ。これ、千種にあげる」
その目には黒い薄布が巻かれているけれど、花の赤はちゃんと見えたようだ。
「ありがとう、すごく綺麗」
「ねえ、千種も向こうに行こうよ。僕が抱えて行くから」
そう言って、彼は僕の不完全な体を抱き上げて、真紅の庭へ歩き出した。

無邪気に笑っている。
まだ彼は子供なのだ。
額の角も、緋色の瞳も、それが普通でないことを彼は知らない。

此処から出なければ、外を知らなければ。
きっと彼は俗世など知らぬままで済んだだろうに。

「……千種?どうしたの」
「大丈夫です。何でもありませんよ、鬼灯」

燃え盛るような赤が目に染みる。
此処は彼岸だ。
僕らは彼岸の住人だ。

だから。

永遠に閉じていたかったのに、ね。





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