今日は祭だ。 確か、伽鴇神社のお祭りだったと思う。 神輿が通り過ぎるのを見て、健二はそう思い出した。 それと同時に、今はいない祖父のことも思い出した。 関西の訛りのきつい、よく笑う元気な祖父だった。 元気な頃は、小さな健二を肩車してお祭りに来たものだ。 健二はもうその笑顔を見られないことを知って、思わず涙が滲んできた。 いつでも自分の味方をしてくれた祖父。 どうしてこんなに祖父が恋しいかというと、健二に新しいお母さんが出来たからだ。 健二のお母さんは3年前に病気で亡くなった。あっけなく、あっさりと。 今年になって新しいお母さんが出来たのだが、つい最近赤ちゃんが産まれたので健二は全然構ってもらえない。 お父さんも、お母さんと赤ちゃんにつきっきりだ。 祖父は去年の冬に亡くなってしまったから健二は一人ぼっちだ。 健二はこんな時お兄ちゃんがいたらよかったのに、と思った。 お父さんから聞いた話だけれど、健二にはお兄ちゃんがいたらしい。 けれど、生まれてすぐ死んでしまったと聞いていた。 まあ死んでしまったものは仕方ない。 でも、今日のように遊ぶ友達のいない休日はお兄ちゃんがいたらなあ、と思ってしまうのだった。 そんなことを考えながら歩いていたら、家から随分離れた所まで迷い込んでしまった。 山が近くにあるせいか、目の前の公園は薄暗い。やっぱり誰も遊んでいない。 その奥には石段があって上に登れるようだ。 どうしよう。 健二は迷った。 暗くて怖いけれど、誰かが遊んでいるかもしれない。 怖さよりも寂しさの方が勝ったから、健二は石段を登ることにした。 その時、石段を踊るように降りてくる小さな影が現れた。 健二が見ると影はぴたりと立ち尽くした。 それは健二と同じくらいの年の子供だった。 肩のあたりまであるふわふわの髪は金色。真ん丸の瞳は翡翠色。 何故か神官の着るような白い小袖と浅葱色の袴を着ている。 「なあ」 健二が声を掛けると可愛らしい顔立ちをしたその子は、ぱちぱちと戸惑ったように瞬きをした。 「おまえ、ひま?」 その問いにその子は小さく頷き、健二の所までやってきた。 「おれけんじっていうんだ。おまえは?」 「……むねちか」 少々古臭い名前を口にすると、その子は下を向いてもじもじした。 「いっしょにあそぼう」 健二が言うと、宗近はぱあっと顔を輝かせて頷いた。 そこからはさすが子供という感じで、まるで幼なじみのように公園や石段を登った先の寂れた神社でころげ回った。 宗近の変わった服装も髪の色もまったく気にせず、健二は遊んだ。 丁度誰のかわからないボールが転がっていたので使った。 やがて、空が赤くなってきた。カラスの声が哀しく響く。 「宗近」 二人で何となく空を見つめていると、女の人の声が聞こえた。 振り向くと、石段の半分くらいの所から松葉色の着物を着た女の人が手を振っているのが見えた。 その人の長い髪も稲穂のような色だったから、きっと宗近のお母さんなんだなあ、と健二は思った。 「かあさま」 宗近は母の所まで駆けていき、手を引いてまた戻ってきた。 「きょうはね、けんじとあそんだの」 嬉しそうに母にそう語る笑顔が眩しくて、健二はちょっと寂しくなった。 「この子と遊んでくれてありがとう」 またいらっしゃい、と宗近の母は健二のつんつん頭を撫でた。 「けんじ、またあそぼうね」 「おう、またな」 宗近と母は仲良く手を繋ぎながら石段を登っていく。 あの神社に住んでいるのだろうか。 健二はそんなことを考えながら、涙を堪えて家へ急いだ。 お母さんが優しかったら。 健二は強がってはいるけれど、本当は甘えたいのだ。 だから、商店街で見慣れた楪の姿を見つけると思わず抱きついてしまった。 「うわっ!……何だ、健二か……」 そのぞんざいな口調に安心して、思わず泣いてしまった。 「もー、どうしたの?泣かないでよ」 男の子でしょ、と言いながらも楪は優しく健二の頭を撫でてくれた。 いきなりだったのに、怒ったり嫌がったりなんてしなかった。 お母さんって、こんな感じなんだろうなあ。 健二はそう思いながら、楪にしばらく抱きついていた。 ← |