ここは伽弥市。

おとぎばなし商店街の入口にある古ぼけた店には、今日も元気な声が響いている。
煤けた看板には「今昔堂」の文字。
今も昔も、子供のためのお店である。

「あれいくらですか」
「それは30円」
「これくださいっ」
「はいはい、お釣り10円ね」

丁度学校が終わるこの時間、店内は小さな子供たちでごった返している。
ちょろちょろ動きまわるそれらの生き物をあしらうのは若い女だった。
店の少し奥、一段高くなっている座敷に腰かけて小銭をじゃらじゃら言わせている。

「おい、ゆずりはー、アイスとってくれよ」
「呼び捨てにすんなっつったろ、健二」
ぽかり、と小気味良い音が響く。
「いってえ!なぐることねーだろ!」
「アタシはあんたより年上なんですー」

高い背にポニーテール、目元はきりりと涼しげな二代目店主・柊楪はここを訪れる子供たちの憧れの的であった。
七分丈のジャージにカラフルなキャミソール、紺のはっぴを羽織りサンダルをころころ鳴らす姿は、確かに粋である。

「ゆーちゃん、ベーゴマやろうよ」
「今は忙しいからまた後でね」
「じゃあリリアン教えてー」
「いいよ。じゃあこっち……ん?」

楪がいつものように子供達と遊ぼうとすると、珍しい客が訪れたのに気付いた。

「いらっしゃーい」
「…………」

無言で品物に見入っているのは、セーラー服の少女だった。
艶のある黒髪の美少女なのだが、奇妙なことに三毛猫を頭に乗せている。
ふむふむなるほど、とか、なんだこれは、と少女はぶつぶつ言っていたが、ラムネの小袋を3つ掴むと楪の所に来た。

「これ」
「……90円ね」

ふてぶてしい、というか何処か少女らしからぬ態度で代金を支払うと、では行こう、と呟いて表へ駆けて行った。
返事をするように猫の声が聞こえたが、きっと気のせいだろう。

「……何だあれ」
店の中にいた一同は、ぽかんとした顔でしばらく黙っていた。
「変わった子だったなー……最近の中学生なんてあんなもんなのかな?」
楪がそう呟きながら小銭をじゃらじゃら玩んでいると、隣に座っていた健二が肩をばしばし叩いた。

「おい、ゆずりは!それ!こぜに!」
「はあ?ていうか呼び捨てにする……な……ああっ!?」

ふと手の中を見ると、さっきまであった10円硬貨はみんな小石や古銭に変わっていた。

「……化かされた」

楪は深くため息をつくと苦笑した。
先代のばあちゃんから話は聞いていたけれど、まさか本当にこんなことがあるなんて。

「うっわ、ゆずりはだっせー!だまされてやんの!」
「うっせー!おら健二、尻出せ!今日こそは叩く!」

ちょっとした不思議があっても、イタズラ坊主の健二と楪はいつも通りうるさいし、日常は変わらない。

「……この菓子は粉っぽいな」

喧騒の原因である少女も何も気にせず、ラムネをつまみながら歩いていく。

これが日常。
伽弥市は今日も平和です。



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101108 小さな街様に提出




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