「ふわあ」

古びた石段を昇っていたら疲れてしまって、変な声が出た。

ここは伽鴇神社。
私が引っ越して来たこの伽弥市にある小さな神社である。

何故引っ越し作業を放ってまで、こんな山の中にある神社にやって来たかというと、私が通う予定の高校を見たかったからである。
高校は桜水丘という場所の近くにあるのだが、そこまで行くより家から近い、この山に来たのである。
それに、横から眺めるより、見下ろす方がなんとなく良い気がした。

しかし、見れば見るほど緑が目に染みる。
私が前に住んでいた町には山なんてなかったからだろうか。
山歩きなどしたことがないので、さっきから些細なことで驚いたりひやひやしている。

草むらのガサガサ鳴る音や、木々の影、鳥の鳴き声など、私の知らないものばかり。

「にゃあお」

突然、背後から動物の鳴き声がしたから驚いた。

「……何だ、猫か」

振り返ると小さな白猫がちょこんと座っていた。
丁度、感傷に浸っていた所だから、こんな小さなことで驚いた自分が少し恥ずかしくなった。
照れを隠すように石段を駆け上がると、幾らか苔むした鳥居が現れた。

「うわ」

神社の建物も鳥居と同じくらい古びていたが、それよりも私を驚かせたのは猫であった。
白、黒、茶、トラ、ぶち、三毛。
それに大きいのから小さいのまで、たくさんの猫が境内にたむろしていた。
人がいないのに何故こんなにいるのだろう。
それらの猫が皆黙っているのも、どこか不気味だった。

「お……おじょろやま?」

猫から目を反らすと、そう書かれた立て札が目に入った。
風雨に晒され、文字もかすれて読みにくいが、確かにそう書いてあった。
この山の名前だろうか。

「……どういう意味だろ」

ぽつんと呟くと、後ろからふいにしゃがれた声がした。

「おや、此処に来るのは初めてかい」
「え、あ、はい。引っ越して来たばかりで……」

神社の人だろうか。
そう思いながら振り向くと誰もいなかった。

「あれ……?」

くるりと一周回ったが、人の気配はどこにもない。
随分はっきりした幻聴だなあ、なんて考えて苦笑していると、ちょんちょんと私の足を触るものがいる。
下を向くと、可愛らしい黒猫が前足で私の足をつついていた。
頭でも撫でようかとしゃがんだその瞬間。

「伽弥へようこそ、お嬢さん」

凛とした女性の声で猫が喋った。
そして、しゅっと顔を洗うとどこかへ消えていった。

そこからどうやって家まで帰ったのか覚えていない。
とにかくすごい勢いで帰ったことしか覚えていない。

母にどうかしたの、と心配されたが、あの後祟りとかはない。

おそらく、あれは歓迎だったんだろう。多分。
またあの神社へ行くことはないと思うが、次に行く時は鰹節でも持って行こうと思った。


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101030 小さな街様へ提出




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