今は夜。辺りは真っ暗だ。 目的地・伽鴇神社を目指して歩く駅前交番の巡査と、同級生三人はみんな黙って何かに怯えている。 ちょっと飲み物を買いに出ただけなのに何でこんなことになるのだろう。 私は一つ欠伸をした。 話は五分前に遡る。 私がコンビニへと歩いていると見慣れた坊主頭が近付いてきた。同級生の山吹だった。 いつものお調子者の面影はなく、何故かくりくりした目玉に涙を滲ませていた。 「ああああ、鈴木!助かったあ!」 「うわ、何」 私の姿を見つけるや否や、山吹はダッシュで私の目の前まで来てぎゅっと手を握った。 「ねえ鈴木暇!?今暇!?ていうかお化けとか平気!?怖くないよね!?」 「ちょっと落ち着いて」 「お願い来て!ほんと怖くて!怖すぎて無理なんだよ!」 「……何が?」 山吹の支離滅裂な説明を聞くと、どうやら塾の帰り道の途中でおかしな影を見たらしいことが分かった。 要するに、お化けが怖いのだ。中二にもなって。 「で、どうしろと」 「へ、変質者かもしれないから、正さん呼んできたけど、でもあの人怖がりでっ」 「あー……」 正さんとは駅前の交番で勤務している勝山正義巡査のことである。 正義感も腕っ節も強いのだが、いかんせんお化けとかそういうものに弱い。それが周知の事実であるが故に、山吹たちにからかわれるのだ。 「わかったわかった。行くだけね」 「うわああああん!ありがとう!」 そんな訳でちょっとだけそれに同情した私は、最悪の選択をしてしまったのであった。 で、至る今。 「お前……のんきだなあ」 「そう?」 欠伸した私をじっとりと見つめるのは、神野。 いつもは無駄に元気なのだが今はその面影はない。 坊主頭にしっとり汗が光る。びびりすぎだ。 「鈴木は平気だろ……こういうの」 「石田までびびってんの」 「だって見たから……」 三人の中で一番落ち着いている石田まで弱っている。 高い背を縮めて歩いているのが滑稽だ。 すっきり短髪だから普通にしてれば立派に見えるのに。 「お、おおお前ら静かにしろ!犯罪者だったらどうすんだ!」 「正さん、声でかい」 頼みの綱の勝山巡査も腰が引けてる。 柔道の学生大会日本一の称号も吹き飛んで、懐中電灯二本装備という有り様だ。 そんな感じでぐたぐたやっているうちに神社に着いた。 山の濃い闇の中に埋もれるようにして灯篭の淡い光が浮かぶ。 確かに何か出そうな雰囲気ではある。十分不気味だ。 でも、お化けなんてどこにもいない。 「な、何もないな!俺は帰るぞ!」 「はー……良かったー……」 「ほほほほ本当に出ない!?いない!?」 「元から出るわけないだろ!まったく人騒が……せ……」 拍子抜けだった。 しかし、安堵した巡査が三人を叱り始めたその時。 私の視界の端を何かが横切った。 ふわふわと漂う色とりどりの火。 白いもにゅもにゅした何か。 そして恐怖に引きつった顔で私の後ろを指差す三人と巡査。 私の後ろには社殿がある筈なのに、と振り向くとそこにははんぺんに手足が生えたような何かがいた。 「でっ……出たああああああぁぁっ!!!!」 四人はわめき声と悲鳴を置き土産に、マッハの速さで逃げていった。普通に私を置いてきやがった。ていうか怖くないだろ。 私はしばらくはんぺんと見つめ合い、指でつついた。 「えい」 ぷにゅ、とした感触で生温かい。 ちなみに襲ってくる気配はない。何だろうこれ。 ちょっと楽しくなったのでくすぐってみた。 「おりゃー」 「……うっ、くっ……くく」 笑いを何とか堪えているようだ。もぞもぞと身をよじっている。 次は蹴りでも入れてみようかと思ったその瞬間、背後からがさっという音がした。 「こら!我らの仲間に何をする!」 茂みから飛び出したのは、イケメンだった。 平安貴族のような姿をした高校生くらいの少年が、人魂やらもにゅもにゅやらを引き連れ近づいてきた。 見れば見るほど凛々しいイケメンだが、その瞳を見た瞬間正体に気付いた。 「そのような無礼、我等が」 「こんばんは、スミ」 ぎくっ、とした表情をする少年。 この目の悪戯っぽい光は絶対にそうだ。 そのまま怯まず仁王立ちになって黙っていると、突然少年は地団駄を踏み始めた。 「なっ、何で気付いたのじゃっ!ろこのばかっ!」 やっぱりか。違和感はあるけどスミだった。 「分かりやすいって」 「折角男に化けたのに……うう悔しい……」 ぷう、と唇を尖らせるスミ。ううん、男だから違和感だ。 「姫さま!もう終わりなの?」 「つまんないっ!」 突然ぽん、という音がしてもにゅもにゅとはんぺんが小さな子供の姿になった。 お稚児さんの格好をした男の子が二人。黒のおかっぱとぼさぼさの赤茶だ。 それと白い髪で巫女さんみたいな格好の女の子。 何故かみんな猫の耳と尻尾がついてる。どう見ても化猫だ。 「しょうがない。正体がばれたら化かすのは終わりだと決めただろう?」 「いやだー!つまんない!」 男の子二人はスミにくっついて暴れ、女の子はおろおろしている。 「文句ならろこに言え!……む、何じゃ?おお、これはお前が拾った三匹だ!化けられるようになったぞ」 「……早いね」 「うむ、えりーとという奴だ。黒いのが梅若、赤いのが鬼丸。白いのは空音だ」 猫って年をとらないと化けないんじゃないのか。 でもこっちを見ている三匹、いや三人はどう見ても子供だ。 「しかしつまらぬのう。もうお開きか」 「いや、こっちは大変だったから。あー、あいつらに説明どうしよ」 「ああ、あの人間共か。中々良い驚きっぷりだったな」 スミに同意してチビ達がはしゃぐ。 「でも何でお化けごっこなんか」 「チビ共の化ける練習だ。まだ下手だからな」 「全然怖くなかったけど」 「それはお前だけだろう。奴らは泣いて逃げたぞ?」 「うーん、確かに」 何か、ぐだぐだだなあ。 チビ三人はもう私にちょっかい出してくるし、スミは男だし、みんなは逃げるし。 私、何してるんだろう。 「どうじゃ、ろこ。折角見目良い男子に化けたのだから、きすでもしてやろうぞ」 「いらないよ。中身スミだし」 「……色気がないのう」 「大きなお世話」 化猫に囲まれて普通にしてる私がおかしいのだろうか?うーん、疑問だ。 今はこの状況より、あいつらにどう説明するかの方が大変だけど。 上を見ると星が綺麗だ。 ますますここにいる意味が分からなくなってくる。 「ぐあー、人生って面倒くさ」 「なに、その位が丁度良い!」 ははは、と爽やかに笑うスミを見ながら、私はあの四人への言い訳を考えることにした。 ← |