「か……かたじけのうござる」

楪が三杯目のご飯をよそうと、男は大きな体を縮ませて受け取った。
健二と宗近はその様子をじっと見つめている。

結局、男はただ行き倒れていただけで、どうにか自力で今昔堂まで歩くことは出来た。
とりあえず何か食べさせようと、挨拶もそこそこに食事をさせたのだが、本当に空腹だったのか食べるだけで喋らない。
おかげで血色の悪かった顔は、今はつやつやと健康そうだ。
よく見ると目元がきりりとした良い男である。
「落ち着いた?」
「はっ、落ち着いたでござる」
さすがにがっつきすぎたと反省したのか、男は顔を赤らめた。
古風な物言いに疑問を感じながらも、楪は問いかけた。
「……えーと、あなたの名前は?」
「失礼致した。某は幽山と申しまする」
名を問われると、男はぴしりと居住まいを正し深々と礼をした。
しかし、米粒が口の周りに付いているのでいまいちしまらない。
「……お坊さんなの?」
「そうでござる」
「どうしてあんな所で倒れてたの?」
「そ、それは……その……」
幽山は何故か口篭った。

怪しい。
楪はそう感じた。
大体口調からしておかしい。
健二と宗近は侍だなんてひそひそ話しているが、怪しすぎる。
それに、平成のこの世に、しかもこんな街中で行き倒れるのも怪しい。
どこをとっても怪しい。

でも。

「まあ……事情があるんでしょ?」
何故か、悪い感じはしないのだった。
本当の迷子のように、大の男が情けない顔で縮こまっているからだろうか。
「幽山さん、行くあてはあるの?」
そう聞くと、幽山は口を開いたが言葉は発せられず、またうつ向いてしまった。
多分あてなどないのだろう。ここまでも野宿を重ねたかもしれない。
楪は迷ったが、結局こう告げた。
「うちに泊まってもいいよ」
つくづく自分は人が良いなあ、と楪は思った。
見ず知らずの男を泊めるなんて普通はやらないだろう。
でもこの男は何だか子供みたいで、大丈夫な気がしたから。
「まあ、これからどうするかゆっくり考えれば良いし」
「か……かたじけのうござる!」
楪が笑うと、幽山は畳に額を擦りつけて礼をした。
「その代わり働いてもらうよ」
「も、勿論でござる」
「じゃあ、待っててね。着物用意するから」

楪が立ち上がると、幽山は子供達と一緒に喜んでいた。
これからの生活は、少し楽しいかもしれない。
それを見て、うっかりそう思ってしまった。
違う意味での溜め息を一つつくと、楪は祖父の着物を探しに奥へと向かった。




×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -