クリック? クラック! † 昔々あるところに墓守がおりました。 墓守は醜い男だったのでいつも黒い外套を着て村の隅の墓場で土を掘って毎日を過ごしておりました。 墓場のすぐそばには美しい女性が住んでいました。 その女性は家庭教師をしていて学もあり外見も人より優れていたので様々な地位の男達から声を掛けられていましたが、いつも断って家の窓から墓場の鴉の声を聞きながら本を読んで過ごすのでした。 墓守はその姿を眺めるだけで何とも言えない心地になるのでした。 しかし、いつしか彼女にも恋人ができました。 恋人は教師で身なりも見た目もきちんとしている男でした。 男は墓場と醜い墓守を嫌い彼女を連れて村の学校の近くに移り住みました。 墓守は寂しくなりましたが前と変わらず土を掘って毎日を過ごしました。 やがて村で病気が流行りました。 死人が出るたび墓守はざくざくと土を掘りました。 夏のある夜、彼女の恋人の男は病気で死にました。 男の葬式には村中の人々が集まりました。 彼女は黒いドレスを着てただただ泣きながら佇んでいました。 その男の棺の上に土をかけるのは墓守の役目でした。彼女が悲しんでいるのを見ると墓守も悲しくなりました。 男の棺の上には立派な墓がたてられました。 男の葬式の次の日、彼女は墓守を訪ねました。 彼女は墓守に村人の墓のまわりに花を植えるように頼みました。 墓守はその日から墓場に花を植える事にしました。 村人は墓守を白い目で見ましたが、墓守は彼女のために花を植え続けました。 そうするうちに、彼女も墓守を手伝うようになりました。 墓守は彼女と色々な話をしました。 青い鳥の話、世界を支える象の話、海の向こうの黄金の国の話…。 墓守は彼女のことを慕っていました。彼女も墓守を弟のように思っていました。墓守と彼女は花を植えながら物語を語り歌を歌って毎日を過ごしました。 墓場の半分が花でいっぱいになった頃、彼女は病に倒れました。 墓守は彼女の見舞いに行きましたが、日を追うごとに病は悪くなりました。 彼女は目に見えて窶れていきましたが、その美しさは増していくようでした。 ある日、花を持って見舞いに来た墓守に彼女は言いました。 私がいなくなっても花を植えるのよ。 季節の花が人々のお墓を彩るの。死は怖くないわ。怖くなんてないのよ。 だって私は神様の元に行くんだもの。 私の近くにはアネモネが咲いて欲しいわ。お願いよ、咲かせて頂戴ね…。 彼女はそう言った後優しく微笑んで眠りました。 彼女が目を覚ますことはありませんでした。 彼女の葬式には村中の人々が集まりました。 彼女の棺の上に土をかけるのは墓守の役目でした。 墓守は泣きながら土をかけました。 彼女の棺の上には立派な墓がたてられました。 墓守は花を植えました。 どの墓にも満ち足りた死が訪れるように。 やがて季節が幾度も巡り雪の降る日に墓守は静かに死にました。 だれも気付かぬまま雪に埋もれて眠りました。 春になって小鳥が囀る頃、墓守の死んだ場所には真っ赤なアネモネがたくさん咲きました。 墓場に咲いた花はいつまでも枯れることはなくなったといいます。 † はつか鼠がやってきた。 これで話はおしまい。 ← |