今日は節分である。

年甲斐もなく豆や柊を買ってしまったが、この家に一人だけではないので良いだろう。

一月ほど前から私の家には人魚が住んでいる。
雪の降る夜に出会ったので名前は雪とした。
相変わらず声は出せないが、読み書きは大分達者になった。
突然の奇妙な同居人は陸が気に入ったらしく、私が贈った特注の車椅子をせわしなく動かして新たな生活を楽しんでいる。
此処に来る前のことは語ってくれぬが、私の方も生活に華が出て嬉しい。
叔父のくれた家も、祖父の遺した遺産も、私一人で使うには大きすぎるようだ。

そんなことを考えながら台所で豆を炒っていると、雪が不思議そうに覗いている。
私は、悪い鬼に豆をぶつけて追い払うのだと教えてやった。
雪は少し痛そうな顔をして、懐から鉛筆と帳面を取り出して何かを書きつけた。
見ると、良い鬼が来たらどうするのか、と言う。
それは考えたこともなかったので、良い鬼が来たら尋ねてみよう、と言った。
雪は少しだけ不満げな顔をしたが、庭を散策しに行ってしまった。

丁度豆を炒り終わった時、何やらがたがたと音がした。
どうやら奥の間から聞こえてくるようである。
もしや物盗りであろうかと思い、一先ず雪がいるであろう庭へ急いだ。
雪が何事もなく無事であったので安心したが、まだ油断は出来ない。
兎に角、雪に庭にいるように伝えて、慎重に奥の間へ向かう。

そろそろと廊下を歩き、奥の間までやって来た。襖は閉じている。
はて面妖な、と思いつつも静かに襖を開けた。
隙間から見る限り盗人ではないようであったが、おかしなものがあちらこちらを横切っていた。

初めは猫かと思ったが、見るとそれは小さな小さな鬼のようである。
大昔の絵巻から抜け出てきたような鬼が座敷を駆け回っているのだった。

それを見て舞い上がってしまった私は、何を考えたか鬼を捕まえようと網を取りに庭へ戻った。
蔵の中に何かあったかと考えながら走っていると、雪がにこにこしながら蔵の前にいた。膝には私の炒った豆を抱え、帳面を私に向けて掲げている。

そこには、まめまきをしませう、と書かれていた。

そういえば今日は節分であった、と雪と二人意気揚々と奥の間へ向かうと、小鬼達は箪笥の中身を引っ張り出したり、障子に穴を開けたり、やりたい放題である。

とりあえず豆を投げると、小鬼達はけたけた笑いながら部屋中を逃げ回る。
そうなるとこちらもむきになって、さらに豆を投げつけてしまった。

けらけら、と鬼が笑う。
ころころ、と雪が笑う。

しまいに私も楽しくなってしまい、気付くと部屋の中は豆だらけになっていた。
何時の間にか鬼達も少なくなり、私が追いかける内に最後の鬼も消えてしまった。
ふと見ると、まいた筈の豆も無い。
その代わり畳の上には梅やら山茶花やらが散らばっていて、鬼も中々粋なことをすると感心してしまった。

雪にそれを手渡すと、「いいおにだったのでせうか」と帳面に書いた。
きっとそうだったろう、と私は言った。
すると雪は笑顔で、「らいねんもやりませう」と書いた。
そうだね、と私が答えると、何処からか微かな笑い声がした。

さて今のは鬼に違いない、と二人で笑った。




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