旅芸人をしていた男がその少女を拾ったのは、サーカスがやって来た賑やかな街だった。 少女はたった一人、街の雑踏に浮かび上がるように立っていた。 その子は金色の髪で、天使みたいに可愛い女の子だったから、一人でいたらどこかに売られてしまいそうだった。 男は自分と親子程年の離れた女の子を連れて、サーカスに入った。 女の子は喋ることが出来なかったけど、賢くて大人しかったから、踊り子になった。 やがて女の子が文字を覚えると、男は女の子の過去を知った。 女の子が記した自分の歴史は、不幸で不道徳だった。 それを信じるなら、女の子は愛しあった本当の親子から生まれた子で、その親が育った村を呪うように育てられていた。 女の子はまるで美しい詩を紡ぐように、楽しそうに呪いの言葉を書き連ねた。 男は清く優しい心を持っていたので、女の子にそんなことを考えないよう諭した。 女の子はそれを真剣な顔で聞いたが、この子は生来の嘘つきだったので、男から隠れて毎夜まだ見ぬ村を呪った。 やがて月日は流れ、女の子はため息の出るような美しい娘になった。 娘はもう喋れるようになっていて、サーカスでは時折歌姫として出演した。 男は年老いて、顔や体のあちこちに皺が浮き出ていた。おまけに足を患っていたため、もう長くはなかった。 娘が美しくなっていくのにつれ、見知らぬ村を呪う言葉も激しくなった。 それは毎夜静かに行われたので、サーカスの人々や男は気付かなかった。 男が死に近付くにつれ、娘は不道徳になった。 夜は彼女の舞台で、娘は酒を呷り、呪いの言葉を吐き、毎晩違う男達の体に溺れた。 娘は嘘つきだったので、サーカスの人々はそれを知ることはなかった。 人々にとって彼女は、美しく清純で、育ての親である男を懸命に看病する、真面目な娘だった。 ある夜、ついに男は死んだ。 男は最期まで娘の名を呼び、娘はそれを聞いて涙をぽろぽろ溢した。 サーカスの人々はそれを見て涙した。 翌日、娘の姿は消え、死んだ男の荷物もすっかりなくなっていた。 サーカスの人々は娘を探し歩いたが、見つからなかった。誰ともなく、娘は後を追って死んだんだろう、という結論に至り、サーカスの人々は静かに祈りを捧げ、次の街へ旅立った。 娘はサーカスと逆方向に旅立っていて、男の荷物と今まで貢がれたものを売って、たくさん金貨を持っていた。 上等なドレスと小さな荷物だけを持った身軽な娘は、かつてない程上機嫌だった。 もうあの呪いの言葉を吐くことはなく、まだ見ぬ村を称える歌を歌った。 娘は嘘つきで不道徳で、おまけに気分屋だったので、すっかりその村で幸せに暮らす気でいた。 両親のことも、男のことも、今までのことも全て忘れた娘は、新しく生まれ変わった気分だった。 旅の先で出会った人は誰もが皆、悪徳に磨かれた美しい娘に名前を聞いた。 娘はそれまでの自分の名を忘れていたので、新しい名前を名乗った。 それはおよそ奇妙な名前だったが、娘にはよく似合っていた。 娘がその後、目的の村に着いたかどうか、それを知る者はいない。 けれど、例え着いたとしても、幸せにはなれなかっただろう。 何故なら彼女は嘘つきで不道徳で、気分屋で根無し草だからだ。 悪徳は常に幸運を阻むものであり、旅人に加護は無い。 ← |