痩せっぽっちのマリアは、その少女を人形みたいだと思った。 秋の始まりに、薪を探しに行った森の近くで、マリアは美しい少女を見つけた。 村では見たことのない、本当に綺麗な女の子だった。 髪も瞳も、灰を丹念にまぶしたような色の、花のかんばせをした少女は、悲しそうにマリアを見つめていた。 不器量なマリアはその美しい顔が羨ましくて、少しだけぶっきらぼうに話しかけた。 「何か用?」 「探し物を、してるの」 その声もやっぱり可愛らししくて、マリアは神様をちょっぴり恨んだ。 「手鏡でも落としたの?」 「ううん。……お墓を探してるの」 「お墓?誰の?」 「とても、大事な人のよ」 その瞬間、少女の顔はとても悲しそうに歪んだ。 マリアは、渋々少女を手伝うことにした。 村の外れの小さな家では優しい、けれど血の繋がっていない父さんと、これも血の繋がっていない小さな妹と弟が待っていたけれど、少しなら大丈夫だろうと思った。 「それってどこにあるの?探すの手伝ってあげる」 「ありがとう。……でも、森の近くにあるってことしか分からないの」 「森の近く?それだったら多分この辺ね」 「知ってるの?」 「お墓かどうか分からないけど、似てるものならあるわ。父さんがたまにそこへお花を持って行くの」 「……もしかして、貴方のお父さんは東の国の人?」 そう言われて、マリアは驚いた。 確かにマリアの父さんは、遠い東の国から海を渡って来た人だった。 髪も目も真っ黒で、マリアの燃えるような赤毛とは大違いだ。 でも、父さんはあまり家から出ないし、村人達も父さんのことを知らない。 ただ、親なしの子を育てる変わり者がいる、としか思っていないだろう。 だから、村の人間じゃない人が父さんを知っている訳がなかった。 「どうしてそれを知ってるの?」 「その、お墓に入ってる人が、知り合いだったのよ。遠い昔の話だけど」 「……そうだったのね」 マリアが家に帰ったら聞いてみよう、と考えている内に、探していた場所に着いた。 そこには青い石が填った白くて四角い石と、少し離れた場所に橙の宝石が填った同じような石があった。 名前は刻んでなかったけれど、確かに墓に見えなくはなかった。 少女は突然、少し古びた橙の石の墓に駆け寄ると、おかあさん、と呟いた。 「ここにいたのね、おかあさん、それから私の名前も!」 「あんた、名前を探してたの?」 「そうよ!」 少女はそう叫んでぴたりと黙った。 そうして、灰色の瞳からぼろぼろ涙を溢して、静かに呟いた。 その姿はひどく不気味で、悲しかった。 「思い出した。私の名前は追憶」 「追憶?」 「でも私は追憶なんて出来ないよ!だって私は、生まれる前に死んだんだもの!」 その言葉を聞いて、マリアは少し怖くなった。 この少女、追憶の言葉を信じるなら、自分が今話しているのは幽霊だからである。 しかし、この奇妙な幽霊は、大粒の涙をいっぱい溢して泣いていた。 マリアはどうしたら良いのかわからなくなった。 「変な事を頼んで、ごめんなさい」 追憶は、涙を拭ってマリアに向き直った。 「お礼に、一つ教えてあげる。冬が来る前に、村から離れた方が良いわ」 「離れるって、どういうこと?」 「住む場所を変えるということよ。村に居たら危ないわ」 「どうして?何が起こるの?」 空を見上げて、追憶は悲しそうに顔を歪めた。 「私が言えるのはそれだけ」 これは呪いよ、と言って追憶は煙みたいに消えてしまった。 冷たい風が一回吹いて、マリアはようやく正気に戻った。 「おとうさあん!」 マリアは急に恐ろしくなって、叫びながら家に帰ると、わあわあ泣きながら父さんに全てを話した。 追憶、という名前を聞いて、父さんの黒い瞳は濡れたように光ったが、おかしな予言の話を聞くと、すぐに村を出る準備を始めた。 村長に話をして、それからあの森の近くに小さな家を建てた。 追憶に出会ってから三月経った後、マリア達は新しい家に移った。 また新しい家族が増えて、マリアにはもう一人妹が出来た。 贅沢を言えばお母さんが欲しかったけれど、マリアの生活は楽しかった。 そして、その一月後。 初めて雪が積もったある日、遠い遠い空の向こうから不吉な鉄の鳥達が訪れた。 それは初めて見る飛行機というもので、しばらく石の風車の周りをぐるぐる回って飛んでいた。 そして真っ黒な爆弾を落とすと、ごおんごおんと唸りながら何処かへ飛び立った。 雪に埋もれた小さな村は、あっという間に炎に包まれなくなってしまった。 マリア達はそれをただ眺めることしか出来なくて、まるで夢のように思った。 遠い炎は父さんの皺の浮いた黄色い肌を照らし、父さんはどこか遠くをみながら静かに涙を流した。 真っ赤な炎と黒い煙の間に見える空は、どこかあの追憶に似ていて、マリアは少しだけ悲しくなった。 ← |