今日こそは決戦だと思った。 黴菌くんの敵に殴られたり水をかけられたりしたけど、全く何も気にならなかった。 まあ、彼らは自分達の彼女から私を傷付けるように言われたのかな、という疑念はあったけど。 そんなことより、黴菌くんは毎日こんなことをされているんだと気付いた時から、頭は段々麻痺したようだった。 痛み。痛み。怒り。痛み。 それだけが私だった。 衝動的に、突発的に。 考えることもなく、恋の熱情のようにふつふつと。 怒りはただただ沸き上がる。 だから、耳に黴菌くんの言葉が入った時、本当に何もわからなくなった。 どうして? 何で君は叫んでいるの? 私のために叫んでいるの? ああ、それなら。 やつらも傷付けば良いのか。 目の前の彼らは黴菌くんを傷付けた。彼の心を苦しめた。 許せない。許さない。 だって私はカッターちゃん。 黴菌くんを守る刃。 だからね。 そこからはもう無我夢中だった。 私の手が強く握ったカッターは、皮膚の裂ける音も血飛沫の音もたてずに、ただ細やかに血の筋を一つ残して誰かの腕に刺さった。 その後の情けない叫び声は何も聞こえず、ただそのカッターの煌めきだけが目に入った。 たったそれだけの小さな抵抗だったのに、彼らは心底おびえている。 馬鹿みたい。報復がないと思ったのかな。 私だって一応人間なの。 ちっぽけでみじめではあるけれど、好きになった人だっているの。 だからまだ足りない。 彼のために、私は。 もう一度カッターを向けた時、獣のような私はふわりと優しく抱き締められた。 「もう、いいよ」 耳元で優しい声が聞こえた。黴菌くんの声だった。 彼の大きな手が私の手から武器を落とした。 ああ、黴菌くんは敵が傷付くことすら嫌いなのね。 それとも私が傷付いているのに気付いたのかな。 本当に君は優しい。 私は多分初めて大声で泣いた。 ← → モドル |