「結局ね、私は死ぬ意味も生きる意味も無いんだよ」 二つ隣のクラスの女子が自殺したと聞いて、彼女はいつになく生き生きと語り出した。 彼女はこういう、心の闇とか呼ばれるものに関わることが好きなのだ。 本当に趣味が悪いと思う。 「私に出来ることは誰だって出来るし、私に出来ないことは大抵の人が出来ない」 ぎょろり、と彼女は陰鬱とした瞳をこちらに向けた。 「私は誰かの代理品ってことだね、つまり」 「……そんなこと無いよ」 無駄だとは思ったけれど、僕は彼女にそう言った。 彼女はそれを聞くと、いっそう愉快そうに、けたけたと乾いた笑い声を立てた。 「しょうがないよ、真理だから。君が頑張っても覆らないよ」 「でもさ、」 「いいんだ。私が生きていても誰の役にも立たないし、死んでも誰の損失にもならないんだから」 そう言って彼女は、卑屈な笑みを浮かべた。 嗚呼、気分が沈む。 いつもそうだ。 彼女が語るのは恐ろしい暴論なのだけれど、それがたまに真実に思える時がある。 彼女の言葉は、僕の気持ちを不安にさせる。 ぐにゃぐにゃと曲がる針のように、僕の心の表面をを引っ掻いていく。 いつかそこから心が腐り落ちて、僕も彼女のようになるかもしれないことが恐ろしい。 所詮、それは杞憂なのだろうけど。 「死ぬのも駄目、生きるのも駄目。死んでるみたいに生きていく。じゃあ、私はどうすればいいんだろうね」 「…知らないよ」 「ふふ。今こうやって考えてることも、同じように誰かが考えてるのかな」 「それは無いよ」 「どうして」 「人は生まれながらに個性的らしいからさ」 「どうせ詭弁だよ」 僕の精一杯の慰めだったのに、彼女はさらりと流して気怠げに息を吐いた。 もうとっくに僕なんて見ていない。 これじゃあ埒が明かない。 僕は彼女にならって、何も関係ない話をすることにした。 「ねえ、君が嫌いなものって何」 「この世の全て」 彼女は臆面なく淀みなく、それはもう素直に答えた。 「じゃあ、好きなものは」 僕が重ねて聞くと、彼女は少しの間目を閉じて悩んでいた。 珍しい。僕はそう思いながら彼女を見ていた。 まったく、黙っていれば普通なのに。 「虫ピンと、蝶」 急に言葉が聞こえたから驚いた。 あまりに唐突だったから、僕は確認をした。 「…虫ピンと蝶。何で」 「昆虫標本は個性の塊だよ。私達みたいに薄っぺらな寄せ集めじゃない。勿論、尖った針に刺されたから死んでいるけど、死してなお個性は残ってるんだよ」 「意味が分からない」 「板に留められたたった一匹が、個性。その種の代表。その蝶のために何千、何万の同じ種が死んでも、標本にされたもの勝ち。負けはみんな、勝者の代理品さ」 彼女は、嬉しそうに悲しそうにそう言った。 「たった一人、それだけで個性が成り立つんだよ。少しだけ羨ましいじゃないか」 彼女は満足そうに頷くと、暗い瞳で僕を見て言った。 「で、君は何が嫌いなの」 恐い、怖い。 僕は誰にもなれる君が、一番怖くて、一番嫌いなんだよ。 「君だよ」 彼女はそれを聞いて、知ってましたとばかり声をあげて笑い始めた。 ← |