僕はこの世界が大嫌い、と彼女は言った。 「だってさ、ちょっとテストの点が悪かっただけで、僕に死にたいと思わせるんだもの」 彼女は毎日、私の前でそう言った。 どろどろと伸ばした長い髪が、彼女の表情を隠している。 「そんなことで死にたくなるの?」 私が聞くと、彼女は決まって愉快そうに答えた。 「勿論。僕は自分が大嫌いだから、自分を否定されれば消えたいと思っちゃう」 「そうかなあ。そんなに自分を嫌いになれるの?」 「まあ、大嫌いという言葉がよくないね。正しくは無関心、だ」 ずずっ、と彼女はいちご牛乳の紙パックを吸い潰した。 それから、ずれてきた眼鏡を両手でかけ直した。 「この世で一番興味が無いものはと聞かれたら、僕は迷わず自分と答えるね」 「ふうん……」 私には、彼女の話を理解しようとする気がなかった。 何故なら、彼女は毎日そう言っているからだ。 死にたい、消えたいと。 軽い冗談のように、瓢々と告げるのだ。 まるで、風に揺らぐ雲のように。 彼女は、とても自由奔放に見えた。 でも時折、彼女の顔に寂しさが横切ることがあった。 自由奔放に見えたところで、明るいという訳ではないのだと、一つ私は学んだ。 「まあ、まだ死ぬ時じゃないから。もう少し頑張ってみるよ」 「んー、頑張れ」 彼女の苦悩を、私が受け流す。 その日も、いつものようにそんなやり取りをしていたのだった。 なのに。 どうして彼女は死んでしまったのだろう。 「なんで自殺なんか……」 「いじめられてたんじゃないの?」 何も知らないクラスメートのひそひそ声が聞こえる。 違う、違う。 私は今すぐ叫びたくなった。 彼女が死んだ理由は、親が、自分が、皆が期待をしすぎたからなのだ。 手に負えない程膨らんだ期待を、全て捨てて行きたくなっただけなのだ。 たったそれだけで、彼女は命を断てたのだ。 彼女の両親がやりきれない表情で棺を見ている。 クラスメート達がひそひそ憶測を交わしている。 彼女は、これを見て笑うのだろうか。 瓢々と、奔放に。 『僕は、欠陥品なんだよ』 いつか、彼女がそう言った。 悲しげに、でもどこか誇らしげに。 「……欠陥品なんかじゃ、ないよ」 私は、多分初めて心から彼女に言葉を贈った。 正真正銘、本心だった。 雲のように、風のように。 そんな風に日々を過ごせた彼女は、私にとって一つの美術品だった。 大好きだったよ。 私は、心の中でそっと呟いた。 涙の中で、最後に見た彼女が微笑んだ気がした。 -------------------------- お題提供:小梅日和 ← |