「ごめんね」

伝える相手などこの場にはいないけれど、声に出して言ってみる。
乾いていて、それでいてずしりと重い。

でも、声に出した途端にそれは冷えた空気中に霧散して、もう跡形もなくなってしまった。

所詮は言葉なのだ。
ただの言葉。

幾度叫ぼうが思いは伝わらないし、世界が劇的に変わる訳がない。

そう、世界は何も変わらない。

どう足掻こうがもがこうが、僕のちっぽけな世界は変わらないのだ。

縛られてはいないし、抑制されてもいない。
今の僕が置かれた状況は世の中の一般的な学生のものと変わらない。
自由で、平和で、平凡だ。

年頃の少女達にありがちな、無邪気で残酷な遊びは回りに存在するが、僕には何も関係なかった。
僕はそんな遊びに関わる程幼稚な人間ではないつもりだ。

あれは蔑むべきものだ。

けれど、あれもまた僕の世界の一部であることに変わりはなく、そしてまた消えるものでもない。

結局、変われない。

世界は停滞している。淀んでいる。

他人がどう言おうと、僕の世界は止まってしまった。

動かそうとはした。変えようともした。

でもそれは無駄な行為で、ただ僕の不安を煽るだけだった。

今僕の全てに満ちているのは、訳の分からない不安だけだ。

青臭くて自分勝手な、ただぼんやりとした不安だけが心を支配する。
それだけで、彼岸へと行きたくなる。

空っぽだ、虚ろだ。

僕は何のために此処にいるのだろう。

いや、いる意味はきっとある。
今は見えないというだけだ。

だが、見えない明日を思うことが辛い。
まだ見ぬものに変わることが怖い。

どろどろとした不安がこの手に、足に、首に、巻き付いて離れない。

苦しい。溺れる。沈む。

僕は、変われない。
境界線からは踏み出せない。
箱の外には出られない。

檻の中にいるのは、僕も同じだった。

「ごめんね」

そう謝ることに意味はない。
ならば僕は何故謝る。誰に謝る。

分からない。何も分からないよ。

羞恥で死ぬのではない。
悔恨で死ぬのではない。
憤怒でも、悲哀でもない。

不安で死ぬのだ。
ただぼんやりとした不安が、僕を死に駆り立てる。

そう自分に言い聞かせて眼鏡を外す。涙を拭う。靴を脱ぐ。

冷たい石の硬さと、凍える風が虚に響く。

もう嫌だ。
何が嫌かは分からない。
何もかもが嫌なのかもしれない。

だけど。

不意に沸き立ったその感情を理解する前に、僕は空中へ一歩を踏み出した。




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