榊がぴしゃりと言うと、化野は立ち上がり、一つだけ閉じた襖の向こうへ消えた。カーテンでもしてあるのか、昼間にも関わらず部屋の中は暗い。
やがて闇を裂くようにして、一人の童女を抱いた化野が戻ってきた。
この古びた座敷に似合わぬ薄桃の小振袖を着た少女の目には、異様なことに黒い布が巻いてあった。年の頃は六つか七つ程だろうか。
一言も発さず、身じろぎ一つせず、人形のように大人しく少女は化野に抱えられている。
「そ、その子は……」
「斎、と言います。俺が面倒を見ている子ですよ」
全く何の説明にもなっていないが、二人の間に血縁が無いことだけは理解した。だが、この場にそんな少女を連れて来る理由は何だろうか。
私の不審がる視線に気付いたのか、化野は斎の長い髪を玩びながら答えた。
「この子は所謂、巫女です。陸奥の恐山を知っていますか。あれと似たようなものですよ。場を調えてやれば、神霊の言葉を拾う」
「じ……冗談はやめたまえ!」
私はその言葉に困惑した。巫女や神霊など、普通の生活を行う中では触れたことの無い単語であった。
しかし化野の発言で、目が覚めた心地がした。唐突な非日常の侵入によって、私は何かにあてられていたようだ。
考えてみれば、何を怯えていたのだろう。あの箱だって、中を開けていないのだから悪いも何も分からないのだ。ただ単純に榊の言葉を鵜呑みにしてしまったが、榊についても化野についても、私は彼らのことを何も知らない。
きっと流行りの新興宗教か何かなのだ。そうだ、そもそも化野は贋作画家などという胡散臭い輩である。榊と二人で共謀して、私を騙そうとしているのだ。
天啓を得たようにそんな考えに辿り着き、私は二人に怒りを覚えた。箱が、写真が何だと言うのか。
頭に血が上った私は、思わず立ち上がって化野を怒鳴り付けてしまった。
「き、き、君はわ、私を馬鹿にして、い、いるのか!オ、オカルトなど、興味はない!ここ、こんな箱など……!」
私の半オクターブほど上擦った叫びが座敷に響いた。しかし、耳を揺らす残響に混じって、奇妙な音が聞こえた。
音は目の前の箱から発せられるようだった。箱自体が、いや、その中身がかたかたと、微かに揺れているのだった。
揺れはどんどん大きくなり、やがて左右に大きくがたがたと動き、横倒しになって漸く静かになった。
奇妙な沈黙の中で、化野は肩まである髪をぐしゃぐしゃと掻き上げて溜め息をついた。
「この箱、なんて呼び方は気に障ったようだ。どうやら、中々気位の高い方みたいですよ」
そう言いながら箱を元に戻すと、化野は私の方に向き直った。
「今のを手品の類と見るのは構いません。ただ、お代を頂戴しようって訳じゃないんだから、少しばかり付き合って下さいよ」
さもないと祟られるかも、という化野の言葉がとどめであった。私は文字通りへなへなと、毛羽立った畳の上に座り込んだ。
何故化野も榊も斎も、何も動じないのだろう。私は俄かに恐ろしくなった。箱よりも写真よりも、何もかもを恐れていない彼らが何よりも恐ろしくなった。
だが、私のことなど眼中に無いのであろう。
化野は畳に細い竹ひごのようなものを四本刺し、御幣のついた細い注連縄のようなものを四角にめぐらせ、その中央に箱を置いた。
そして、縄を跨いだ箱の前に斎を座らせると、そっと目に巻かれた黒い布を外した。
てっきりこの少女は盲目であるものと思い込んでいたので、私は少々驚いた。更に開いた瞳の色が透き通るような青と緑で、私は見てはいけないものを見てしまった気分になった。
見えるか、と化野が聞くと、斎は小さく頷いた。箱なら見えていようと思ったが、それはすぐに違うと分かった。





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