化野枯木との出会いから丁度一月程経った頃だった。
私はつい先刻訪れた客の奇妙な忘れ物を前にして、首を捻って思案していた。

それは中途半端な大きさの箱で、黒々とした木の質感は何故か山伏の背負う笈を連想させた。
客の忘れ物はそう珍しいものではない。普段なら、写真を受け渡す際に一緒にして渡すのだが、今回はこの木箱に対して押さえ難き好奇心がむくむくと膨れてしまった。
というのも、この箱の持ち主は、山伏とは全く掛け離れた線の細い虚弱そうな若い青年だった。
それが一体どうしてこのような物を持っていたのか、どのような事情があったのか。今となっては、尋ねておけば良かったと後悔するばかりである。
顔を近付けてよく見てみると、何かの紋様のようなものがびっしりと彫られている。記号とも図案ともつかぬそれが不気味で、思わず顔を逸らした。
刹那、生臭い臭いが私の鼻を掠めた。何かが腐ったような、余り嗅いだことのない不快な臭いだった。
途端に私は別の後悔をした。好奇心に負けて、何かおかしなものに触れてしまった気がしたのだ。
私は気を取り直して、出来上がった写真を見ることにした。
全部で三枚。一枚目には、どこか緊張した、文士然とした雰囲気の青年が写っている。二枚目も勿論同じだ。今回の写真は中々上手く撮れた気がして、少しばかり誇らしげな気分になった。
しかし、三枚目の写真を見て、私の浮かれた気分などは一気に霧散してしまった。

それは所謂心霊写真であった。偽物ではなく、正真正銘の本物である。
何故そう断言出来るかというと、肩の辺りや背景に霊が写り込むような心霊写真は、実は案外容易に撮影出来るのだ。私の写真館では――時代遅れも甚だしいが――まだフィルムカメラを導入していないので、ごく稀にそういった失敗もしてしまう。この辺りの細かい話は、カメラと撮影の仕組みについて述べなくてはならないので割愛する。
だが、この写真は観光客向けの絵葉書のような、ぼんやりとした幽霊など写っていなかった。
先の二枚と同じポーズの青年の、首から上が獣の頭にすり替わっているのだ。
狼に似たその首は、何故か本来目があるべき場所に暗く影がかかっていた。
他の二枚よりも暗いその異様な写真を、私はひどく恐ろしく感じた。しかし、目を逸らすことも出来ずに、ただただ写真を眺めるしかなかった。あってはならないものが写っている。それに気付くと、心臓の鼓動が早鐘のように鳴った。
やっとのことで写真を裏返して見えぬようにすると、唐突に全身の力が抜けた。溜息と共に冷汗が一滴、作業台に落ちた。
丁度その時、こつこつと革靴の音がして、私は死ぬ程驚いた。

「声をお掛けしましたが返事が無いようでしたので」
やって来たのは榊だった。私の尋常ならざる様子を怪訝そうな顔で眺めている。
現世のものに触れて、私はようやく正気に戻った。
事情を知らぬ榊から見れば、さぞ滑稽な姿だろう。私は手拭いで汗を拭きながら謝罪を述べた。
「あの、さ、さ、作業中で気が付きませんで、す、すみません」
肝心な時ばかり吃る自分を恨めしく思いながらも、榊の表情がにこやかになったので安心した。
「いえ。お気になさらず。此方こそ急にお伺いして申し訳ない」
「い、いや、謝られることでは」
「仕事中とは知らず、つまらない用件でお伺いしてしまった。実は郷里から鹿尾菜が送られて来ましてね。随分沢山あるので、谷口さんに如何かと」
浅黄色の風呂敷包みを少し持ち上げて榊は笑った。
私は海藻や乾物が好物だったので、丁重に礼を述べてそれを受け取った。






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