私が化野枯木と初めて出会ったのは、写真館を始めてから二十年と少し経ったまだ寒い春先であった。写真館を開いた頃から親しい、榊という客の紹介でやって来たのだ。

当時は化野の事などよくは知らなかったので、ただ写真を撮るに見栄えのする男だと思っただけだった。この少し蛇に似た男が、一回り以上も年の離れた榊と、何故知り合いであるのかは疑問だったが。
化野は愛想の良い人物ではなかったが、私が昔画学生だったという話をすると、随分気を良くした。
何でも、化野の職業は画家だということであった。
それを知って、私は途端に恥ずかしくなった。私は遠い昔に絵筆を棄てた人間なのだ。
教官に、お前の絵を見ているくらいなら写真を見ている方がましだ、と言われた時、私は何処か納得してしまった。
確かに私の描く絵はつまらなかった。
どうしても、目に見えるものだけしか描けない。気迫だとか雰囲気だとか、そういうものが足りないのだ。
そうすると写真のような精密さも持たない、薄っぺらい絵が出来上がる。
私は下宿の片隅に積み重なる虚ろなカンバスに嫌気がさして、結局画家への道を諦めた。
親は何も言わなかったが、家業の写真館を私に継がせて、逃げるように田舎に隠居してしまった。
数年後に父が死んだと電報を受け取り、その翌年母が死んだことも知った。
そういう訳で、私は今遠い昔に夢を諦め、何も残っていない人間なのだ。

もごもごと吃りながら化野にそれを伝えると、傍らで聞いていた榊は、谷口さんは小説も書かれるでしょう、と言って、投稿作の掲載された雑誌を取り出した。
確かに書くことは書くのだが、それはおよそ小説とは呼べぬものである。
童話のような詩のような、兎に角、暇を持て余して手慰みに書いたものだった。
私は一瞬、榊のお節介を恨んだ。だが、化野は私の稚拙な文章を手放しで褒め讃えた。
写実的で素晴らしいだの、誰其の文体に通ずるものがあるだの、私の知らない小難しい単語を交えつつ、化野は私の身に余るような称賛の言葉を、これでもかと投げ掛けた。
褒められることに慣れない私は、どれだけ滑稽な男に見えただろう。赤面しつつ汗を拭き拭き、長らく何かを話したのだが、何を話したのかは忘れてしまった。
そのお陰なのだろうか。私も榊も、そして化野も、笑顔の内にポートレイトを撮影し、その日を終えることが出来た。

傍から見ればさぞ間抜けだったろうが、人付合いというもので失敗を重ねてきた私にとって、化野との最初の出会いはそれ程悪い結果ではなかった。
嘲笑されず、気分を損ねず、私と写真館に興味を抱いて貰ったということは、数少ない成功例である。
だがしかし、この出会いそのものが私に幸運を齎したかというと、甚だ疑問である。
何故なら、化野枯木という男と出会ったことが、その後の私の人生そのものを大きく変えてしまったからだ。
あの時写真を撮らなければどうなっていたのだろう、と度々思う。
しかし、遅かれ早かれ私と化野は何処かで出会い、薄闇のような、ある種のいかがわしさを存分に含んだ世界を覗かざるを得なかっただろう、とも思うのだ。

これから記す出来事は、実際に私が体験した紛れも無い事実である。
だが、私自身それが事実であると、心から信ずることは出来ない。
ただ、私が化野枯木と関わり体験した怪奇なる事象を、写真の如く書き残すのみである。





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