「……と、まあ、こういう曰くのあるモノを扱うのが俺の副業ですよ。先生も、奇妙な縁が出来てしまいましたね」
くつくつ、と化野は俯いて笑った。胡散臭い男は、思っていたより関わりたくない部類の人間だったようだ。
しかし、私も未熟とはいえ物書きの端くれである。自身の安全が確保されたのが分かると、先程まで恐怖の対象である箱に、文学的な興味を抱かずにはいられなくなった。
「そ……その箱は結局何なのだね。わ、私にも分かるように教えてくれたまえ」
「おや、先生。これを種に小説を書くのですか?お止しなさい、悪趣味だ」
私は己の考えが見透かされていたようで、赤面した。化野は薄い眉をひそめながら、しかし愉快そうに話し始めた。
「これは大方、前に語った通りのものですよ。古くから猟師の間に伝わっていたようです。だが、人の身には過ぎた呪物のようで、持ち主が処分してくれと泣き付いてきた。しかし、その寸前にこれを持ち去った奴が居たんです」
私はその瞬間、先日ホテルで変死した、あの青年の顔を思い浮かべた。化野はいつの間にかキセルを取り出し、ぷかりと吹かしている。
「あの青年は、箱がある村の長の息子です。何処から聞き付けたのかは知らないが、あの箱を悪用しようと思い立ち、単身上京した、という訳ですよ」
「悪用だなど……あんなものを何故」
「まあ、軽々しく扱えるものではない、と身を以って知ったでしょう。だが、困るのは此方ですよ。急に行方知れずになっても、何もかも分からないのでは探れない……という丁度その時、先生が見つけた、と」
「……か、彼はわざとあれを置いて行ったのだろうか」
「さあ。しかし、祟りを押し付けようとしたのかもしれませんね。あれの恐ろしさに途中で気付いたのでしょうよ」
ふうっ、と化野は煙を吐き出した。青臭いような薬のような、奇妙な香りであった。それが一種の契機となって、私は一つの疑問に行き当たった。
「だ、だが、何のために使うのだ?あんな、非科学的なものを」
「……世の中には、思想の為なら何にだって縋る連中が掃いて捨てる程いるんです。馬鹿げたことですがね。特高の目から逃れる道が欲しかったのでしょう。確かにあれなら、どんな追求も無駄です」
成功すればね、と化野は嘲るように付け加えた。
「あ……あれは誰かをこ、殺すためのものなのか?」
「さあ。狙われた方に関して、俺如きは何も言えませんよ。畏れ多くってね」
その言葉で私は何となく、今回の背景を理解した。どうやら、私が立ち入るべき領域ではないようだ。
ついでに、そのような如何わしい事情に精通する目の前の男にも、もう関わりたくはないと感じた。私は榊の忠告を思い出した。
確かに油断をすれば、ずるずると深みに嵌まって行くのだろう。
私がじっと化野の顔を見詰めていると、化野はその顔に意外な程の柔和な微笑みを浮かべ、今日は泊まっていって下さい、と言った。
時計を取り出さずとも、今日夜の闇を歩く行為には、根源的な恐怖を抱かざるを得なかった。
私は複雑な心持ちで、その申し出を受け取った。






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