緩やかに時が流れる午後の授業で、僕らは世界の平和について学ぶ。

この世界にはまだまだ問題が山積みであるようで、今日もどこかで誰かが殺され、犯され、音もなく死んでいるらしい。そう、この瞬間にも僕らの知らないどこかで、爆弾が落ちている。
黒板には知らない国の哀れなこどもたちのドキュメンタリー映画が映され、平和を訴えるスピーチがプリントとして配布された。
誰もが神妙な顔で生々しいそれらを眺め、時に涙をこらえて鼻をすする音が混じる。僕らの現実から遠くかけ離れたそれは、皆に平和の必要性を強く強く主張していた。
奇妙に静まりかえった教室で、先生は締め括りとして、差別は良くない、争ってはいけない、みんなで手を取って仲良くしようと言った。
確かにそれについては僕も賛成だ。真に実現するならば。
彼らは忘れている。このクラスにだっているじゃないか。僕らの知らないどこかで、ひっそりと音もなく生きる彼女がいるだろう。
もし今ここで僕がそれを主張したならば、クラスメイトは冷めた目で僕を眺め、先生は、今そんな話をする時じゃないでしょう、と顔をしかめて諭すだろう。彼女の存在はその程度なのだ。それはそうだろう。彼女はたかが一生徒なのだから。平和なこの国で衣食住に事足りて生きる、恵まれた女の子だ。

彼女のことを考える度、僕はよく分からなくなる。遠い世界で僕らなんかが想像出来ないくらい苦しい生活をする子どもがいて、でも僕らはそんなことを気にしないでも別に平和に生きていける。それは僕らがこの国に生まれたという少しの幸運のお陰で、だから僕らは真面目に、実直に頑張らなくてはならない。世界の不幸の前では、教室の隅での小さな小さな迫害など問題にもならないのだ。

もう随分の間空っぽのままの机を見る。
彼らは忘れてしまった。でも、僕は覚えている。かつてこの教室で、僕らと同じように笑い、学び、息をしていた女の子がいたことを。
彼女がここから消えてしまった理由を、僕ははっきりと知らない。もしかしたら彼女が悪いのかもしれないし、もっと深刻な理由なのかもしれない。それでも、僕はあの迫害の日々を覚えている。

僕は、彼女の力になれない。救おうなんて思っていない。それでも、彼女たちを覚えていることは出来る。
忘れられたこどもたち。小さな小さな箱を追われて、僕らの知らないどこかで息をし、血の涙を流す。見えなくなっても生きているのだ。

それを忘れて平和だなんて。僕らはこの教室で何を学ぶのだろう。





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