わたしが目を覚まして一番最初に見たものは、薄汚れた灰色の天井と頼りなく揺れる明かりだった。
ぼおっとする頭の片隅で、光の輪は幾重にも分裂して消えた。
時折ずん、と重い音が頭上に響き、ぱらぱらと埃を振り撒く。

思い出した。
わたしは理不尽な戦いに巻き込まれて、非情にも爆撃を受けたのだった。
こうして思考できるということは、私は生きてはいるのだろう。しかし、あの時堅く手を繋いでいた母と兄の姿は見えない。

また、ずん、と重く鈍い音が響く。きっと忌ま忌ましいあの爆弾がたくさん落とされているのだろう。
生き残ったとはいえ、わたしがあわれな故郷亡き民であることは変わらない。
わたしは、いや、わたしたちはもう少しで逃げられたのだ。命さえあればわたしたちは幸せだったのに。
捨てるふるさとさえ無くなって、それでもわたしから何もかも奪っていくのは誰だろう。思わず熱い涙が頬を伝った。涙は良い。頭の中に靄をかけてくれる。

遠くでぼんやりと言い争う声がする。若い女と、粗野な男の声。会話の内容からこの場所が野戦病院だと知れた。饐えた匂いはそのせいだろう。
爆弾の落ちる音に混じって、男の怒号と女の金切り声が聞こえる。勝手なものだ。わたしたちのことなど知らないような振りをして。戦いに大義などない。民のためではない。いつだって傷つくのはわたしたち。
わたしたちは何も悪くない。何も悪くない。何も悪くない。

いつの間にか言い争いは終わったようだ。だが、相変わらず爆撃と埃の散る音は止まない。
ぱたぱたと足音をたてて何かが駆けてきた。
年若い看護婦だった。声からすると先程言い争っていた女だろう。いや、よく見ると女というよりは娘だ。
わたしのベッドの前まで来ると、手に握った小さな銃をそっとベッド脇の机に置いた。そして、まだ幼さを残したその顔に笑みを浮かべ、わたしのあちこちを柔らかな手で触れた。
確かにその行為はわたしを労ってのことだろう。しかし、わたしはそうは受け取れなかった。

看護婦のあまりに白く柔らかな肌。くすんだこの場所に似合わない真っ白な服。艶やかな髪。すべすべとした手。くるくるとよく動く瞳。

何もかもが眩しく、清らかで、それでいて心から憎らしかった。わたしが持っていないものを全て持っている。
この無垢の存在を、誰もが天使と呼ぶのだろう。だが、わたしにはそう思えない。
看護婦だって人間だ。薄汚れ、痩せこけた、血まみれのわたしを見て笑わないなどと、どうして言えるのだろう?わたしのがさがさの肌に触れるとき、躊躇わないなどと、どうして言えるだろう?きっと慈善の心から。そんなことは分かっているのだけれど。
嫉妬なのか、憎悪なのかは分からない。ただ、一瞬の内に頭に焼け付いたその感情は、わたしの中で爆弾のごとく爆ぜた。

柔らかな安堵をその身から感じさせながら、看護婦はこちらに背を向けている。
静かに、音をたてないように、そっと銃を手に取った。黒く小さな鉄の塊は、わたしの手の中で冷ややかな熱を放っている。

ぱん、とあまりに乾いた音が一つ響いた。

ずん、ぱらぱら。ずん、ぱらぱら。
まるで行進のように爆撃の音が聞こえる。人々の騒ぐ声は聞こえない。
わたしは罵られるだろう。非難されるだろう。悲しまれるだろう。恩知らずと。頭のおかしな女と。あわれにも敵味方もわからなくなった女と。

わたしは巻き込まれただけだ。戦乱の狂気に。人々の悲しみに。何もかもを失った怒りに。
わたしは悪くない。わたしは悪くない。わたしは悪くない。

無辜の民とはそういうものなのでしょう?





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