ボックス・ワルツ///日常・その他

自宅玄関で本日3回目の携帯落下。それにつられて、買い物袋から野菜が転がった。一拍遅れてぱしゃん、と卵が割れる音もした。

どうしてこうもうまくいかないのだろう。
私はもうため息をつく気力すらなかった。

田舎からちょっと都会に進出してから早1ヶ月。
私の大学生活は怠惰と憧れにまみれて何だかよく分からないものになっていた。
背伸びをしたおしゃれ、慣れない家事に、見知らぬ土地の生活。何一つ上手くいかなくて、もう何もかも投げ出したい気持ちだった。
そんな時のこの失敗は確かに私の心にダメージを与えていて、私は思わずその場に座り込んでしまった。

もう、疲れた。
いつものようなため息は出ないで、代わりに涙が一粒頬を伝った。
泣いてる場合じゃないの。早く荷物を片付けなくちゃ、レポートもやらなくちゃいけないし、夕飯だって作らなくては。
あれもこれも、独りになると嫌なことばかり考える。箱のような小さな家でさえ、私には少し大きすぎるらしい。

しばらくぼんやりしていたら、携帯が安っぽく光りながら震え始めた。
怠惰な私はのろのろと手を伸ばし、携帯をぎゅっと握りしめた。無機質な震えはやがて止み、再び部屋の中に沈黙がやって来た。
ため息を一つついて携帯を開くと、高校時代の友達と母から一通ずつメールが来ていた。
内容はそれぞれ近況を伝えるもので、私はそれを読みながらちょっと肩の力を抜くことが出来た。
不思議なことに、中身の全く違う二つのメールの最後は、また帰っておいで、という一文で締め括られていた。

何故だろう。その言葉を眺めているうちに涙が次々と溢れ出し、止まらなくなった。
私はちょっと疲れていたみたい。故郷という存在すら、忘れかけていた。
化粧が取れるのも構わず泣いて、泣いて、泣いた。
一人ぼっちの寂しさに慣れていないだけだったのだ。調子が狂って当然だった。
世界に私一人だけ、なんてことはなく、少しメランコリックな気分になっていただけだった。
馬鹿みたい。私には帰る場所があるというのに。

ようやく涙が止まると、何だか笑えてきた。
私は何だか楽しくなってきて、鼻歌を歌いながら割れた卵の片付けをした。
化粧がすごいことになってしまったので、ざぶざぶと顔を洗って、久しぶりに前髪を上げた。

一息ついてベランダに出ると、もう夕方になっていた。
真ん丸い夕焼けはいつもより大きく、温かく感じられた。
まだまだ新しい生活には慣れないし、今日みたいに失敗もたくさんする。だけど、些細なことでも私は立ち直ることが出来るらしい。
きっと、これからもこの狭い箱の中で右往左往するけれど、私はここで頑張っていたい。
たった少しの変化だけれど、私の心は軽くなった。
訳もなくふわふわして楽しくて、根拠はないけど明日も何とかやっていける気がした。



ボックス・ワルツ
(お題:独り暮らし)
×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -