鬼さんこちら///

「何してるの」

私の出会った中で多分一番可愛い女の子である所の、桜井瑠璃子が道端の物陰にしゃがみ込んでいるのを見て、私の小さな心臓は壊れそうなくらい跳ねた。
お洒落な瑠璃子が、制服が汚れるのも構わずしゃがんでいるんだ。それくらい驚く。
だから、普段挨拶くらいしかしない瑠璃子に、話しかけることになったのだった。
「かくれんぼ、してるの」
「……へえ」
こちらを見て微笑む瑠璃子の目は、ぱっちりして大きくて、私の三倍くらいあった。
私は瑠璃子の髪のつやつや感や肌の白さにどぎまぎしながら、瑠璃子の隣にそっとしゃがんだ。
瑠璃子が好きというか、単純に美しいものを見たい、っていう要求からだった。
「誰とかくれんぼしてるの」
「昔の思い出と、だよ」
「……変なこと言うね」
「梢ちゃんの方が変だよ」
名前を呼ばれて、どきっとした。
他の子は岡田さん、て呼ぶのに、瑠璃子は名前だった。
「で、もう気は済んだ?」
「何が?」
「かくれんぼ」
「まだだよ」
「何で」
そこで瑠璃子は、少し前方にいる頭の悪そうな馬鹿な男子高校生三人組を指差した。訳が分からなかった。
「鬼が向こうに行ったらね」
「……昔の思い出じゃないよね」
「思い出だよ。勿論、忘れたいけど」
瑠璃子は思ったよりおかしな子だった。
教室にいる時よりも電波で皮肉屋で、そして若干変人である私寄りだった。

「……私ね、中学時代、あの人達にいじめられてたの」
「へ」
いじめ。
これも、教室での美しい瑠璃子には似つかわしくない単語であった。
「いじめ」
「そ。まあ、そんなにひどくはなかったけど」
「……本当に?」
「うん。ささやかだけど、私はとっても傷付いたの」
そう言って、瑠璃子は膝の間に顔を埋めた。
そうしてため息をつく瑠璃子は、私の中の瑠璃子とは全く違っていて、こんな綺麗な人がいじめられるとか不公平じゃねーか、神様しっかりしろ、と思った。
「だから、したくもないかくれんぼしてるんだよ」
「あいつらが嫌いだから?」
「嫌いっていうか、怖い。くすくす、って笑われてる気がするの。中学時代の私は、地味で勉強馬鹿だったから、よくけなされたんだ」
嘘だ。中学時代は地味とか。
ふわふわお洒落ボブで眉毛とかも綺麗でこんなにセンスの良い瑠璃子に、そんなことがある訳がない。
平々凡々たる私ならともかく、瑠璃子がそんな訳ない。
「……おかしい?」
「えっ、ちがっ、あの、イメージと違って」
「梢ちゃんが思ってる程、私強くないよ」
瑠璃子は少しだけ悲しそうに微笑んだ。
やめてくれ。むしろ私が悲しくなる。
「……桜井さん」
「瑠璃子で良いよ」
「……瑠璃子……ちゃん」
「瑠璃子」
「……瑠璃子」
「よく出来ましたー」
「あの……何で私に話してくれたの」
「何を?」
「その、昔の話」
しばらく沈黙が流れる。気まずい。
「私、いじめとか知らないし、共感とかも……経験ないから分からないし」
「平和だったんだね」
「うっ」
「冗談だよ。……何ていうか、ちゃんと聞いてくれそうだったし」
「私が?」
「うん。ほーよーりょく」
大変な誤解で、買いかぶりだった。
喜びたいけど、喜べない。気まずかった。

「……で、私はどうすればいいのかな?」
唐突に、瑠璃子は言った。
当然、訳は分からない。
「これから?」
「うん、これから」
「……正直経験ないから分からない。ただ、経験無いなりに考えたら、別に逃げ続けても良い気がする」
「経験無いなりに?」
「うん。三十六計逃げるにしかず。勝手だけど。嫌で嫌で、そんなに辛い思い出なら、克服しないで逃げるのも手なのかなあ。分かんないけど」
「……梢ちゃんは優しいね」
「え」
一体どこまで買いかぶられるのだろう。
瑠璃子はすごく良い人で、しかも女神だった。
「それはない」
「だって、真剣に聞いて、冷静に答えてくれたよ」
「普通……の人もやるよ」
「いや、こんなにクールな人はいないもん。他の人だったら、負けるなとか戦えって言うし」
「いや、でも」
「決めた。梢ちゃんの意見採用する。私、逃げ続けるね」
「へ?」
「だって素敵だもん。暴力的じゃないし、簡単だし」
「いやいやいやいや」
どうして私なんかの意見を採用するのか。おかしいって。要するに、あいつらがどこかに行くまでかくれんぼってことなのに。

「かくれんぼ……するの?」
「うん。てってーてきに、隠れるよ。あの人達が行っちゃうまで」
「すごい時間かかるかもよ」
「梢ちゃんも付き合ってね。言い出しっぺだもん」
「うっ」
そう言われると弱い。しかも瑠璃子は私の中では、世界一可愛い女の子だ。

「その間おしゃべりしたら、梢ちゃんと仲良くなれるね」
「えっ」
「私、梢ちゃんと仲良くなりたかったんだ」
そう言って、瑠璃子がにっこり微笑んだので、私の心は溶けそうに幸せだった。同性愛とかじゃないけど。
「私で良いの?」
「梢ちゃんが、いいの」
たまにはかくれんぼも悪くないのかなあ、なんて私は思った。




鬼さんこちら
(題:かくれんぼ)
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