君の家に行こう///恋愛

バスを降りると、夏の熱気と都会とは違う空気が僕の体を包んだ。

僕は今日、彼女の両親へ挨拶をしにやって来た。
彼女は最初、僕が彼女と結婚することに対して難色を示した。私の家は田舎だからきっと結婚したくなくなるわ、と。
でも、本当のところは僕が会社をやめて彼女の家を継ぐ、と言ったのが心配だったかららしい。
確かに僕は根っからの都会育ちだから、農家である彼女の家には縁遠いものに感じられたのだろう。
しかし、彼女の家を継ぐと言ったのは勢いからではない。
今僕の人生は大きな流れに差しかかっていて、この流れに乗るか乗らないかで将来が大きく変わるんだろう。
きっと今の流れを逃したら、僕は一生後悔する。
例え一生苦しむことになっても、彼女と共に生きられるだけできっと幸せになれるんだろう。

ぶーん、と耳元で虫の羽音がしたので、僕は我に返った。
「うわあああああっ」
しかし、耳元に手をやってすぐ後悔した。
僕の肩の辺りに止まっていたのは、手の平くらい大きなバッタのような虫だったからだ。
自慢じゃないが僕は虫が大の苦手だ。
触るのはもちろん、見るのだって苦手だ。
だからこのバッタを振り払うことも出来ずに叫ぶしかなかった。

「もうっ。バッタくらいで騒ぎすぎ」

わあわあと間抜けに叫ぶ僕を尻目に、横から伸ばされた白くて美しい指がバッタを摘んで放り投げた。
「美里さん……」
「都会っ子って根性ないのね」
僕の恋人は、そう言って不満げに頬を膨らました。
白いリボンの麦藁帽子に、シンプルな白いワンピース。
彼女の姿は街の中にいるよりも、生き生きと輝いて見えた。
「虫が苦手な人なんて、こっちじゃ暮らせないよ?」
「分かってるけど……やっぱりみんな平気なの?」
「もちろん。この辺は歩くだけで虫が飛んでくるもん」
「うう……」
分かっていたけれど、街と田舎のあまりの差に、自分で自分が情けなくなってきた。
少しだけ、不安になる。
今までただのサラリーマンだった僕が、本当に農家になれるのか、と。
甘い考えなんじゃないか、と心の中の僕が言う。
「……ねえ、清司くん」
そんなことを考えてるのが顔に出ていたのだろうか。
美里さんが心配そうな顔をしてこちらを見ている。
「農家ってね、というか田舎って都会より大変なの」
「うん」
「汗だくで働かなきゃいけないし、ご近所付き合いは大変だし、今はそうでもないけどおじいちゃんおばあちゃんは口うるさいし」
「うん」
「不便だしお店はないし近所の小さな子には絡まれるし」
分かってるよ、と目で訴えてみるけど、美里さんはまだ心配そうだ。
僕も本当の本当に腹をくくらなくてはならないらしい。

「美里さんは、僕が頼りない男に見える?」
「うん、正直」
予想はしてたけど、ど直球だった。
「僕も、それは分かってるんだ」
「うん」
「でもね、僕があまりに使えなくて駄目駄目だったとしても、僕は美里さんとの結婚をやめる気はないし、頼まれたってやめない」
「……うん」
虚勢だって何だって、僕はここで退く訳にはいかない。
「だって、僕が甘ったれでも、頑張れば認めてもらえるから。勿論、簡単なことじゃないし、何年かかるか分からないけど」
ここから一人ぼっちで帰るなんて、いくら甘ったれでも情けなさすぎる。
きっと僕は、今までの分まで変わらなくちゃならないんだろう。

だから。

「君の家に行こう」
美里さんはちょっと泣きそうな顔をして、すぐに輝くような笑顔になった。
「うん、勿論。私だって、無理矢理引きずっていくつもりだったんだから」
「でも、美里さんに引きずられるなら良い……かな?」
「何で疑問形なのよ!」
笑いながら、僕は彼女の手をそっと握った。
柔らかくて、温かくて、優しい手だった。

「それじゃあ、行こうか」
「……うん」

僕らは、まるで出会ったばかりの時のように、少しだけぎくしゃくして、でも昔よりも近付いて、一緒に歩き始めた。




君の家に行こう
(題:きゅんきゅん)
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