本能寺の変より少し経ち、私は様々な戦に勝ち抜いてきた。
勝ち抜かなければならなかった。あの方を殺し、その寵愛を受けた小姓を拐ったのだから。なんとしてもこの子を私の手に置いておきたかったから。
「蘭丸、食べなさい」
布団から身を起こし外を見つめる者に声を掛ける。
亡き信長の小姓、森蘭丸は、主人の言いつけを守り、生き延びていた。
しかし、ここ数日はなにも口にしていないという。
「蘭丸。こちらを、向きなさい」
強く叱るようにいってみるも無駄で。まったくなにも聞いていないというように彼は黙ったまま外を眺めている。
溜め息をついて彼の側によると、彼は僅かばかり身動ぎ、しかしやはり視線はこちらに向けなかった。
こちらに背を向ける蘭丸の首筋には赤い斑点のようなマークがついている。それは昨晩私がつけたものだ。
主を失って翌日、私は初めてその柔らかい肌をこの腕に抱いた。抵抗されはしたが縛り付けてしまえば後は簡単だった。
幾年も焦がれ続けたその体は柔らかく、まるで吸い付くように私を刺激する。
ずっとあの方の腕に抱かれ続けた体。
家臣たちが噂していた麗しの美少年は、今や私の腕の中。そう考えると尚、気持ちは高ぶっていった。
蘭丸はこちらを見ようとしない。
ただ静かに外を眺めている。
どれくらいそうしていたのか。ふと、その横顔に一筋の雫が垂れた。
「蘭丸っ…」
私は焦る。あの方を失ってから生理的なもの以外で泣くことのなかった蘭丸の涙が、妙に私をあせらせる。
心ここにあらずといった様子だった蘭丸が、なにかを取り戻したかのように泣き出して、一体どうしたというのだろう。
その答えは、次に彼がこぼした言葉ですべてが理解できた。
「信長様の好きな桜の木は咲いているというのに…肝心の、信長様が、いない…」
ぽつり、ただそれだけの言葉で私はなにも言えなくなる。
やはりこの子には、あの方のお姿以外、うつらないのだろう。
こっから思い付かない。