3万打 | ナノ

※お酒は20歳になってから!








「ひーめさん!」

『わぁっ!?もー嵐志!毎回毎回ビックリさせないでってば!』

「ははっ、悪ぃ悪ぃ!」


もはや毎度のことと言っても過言ではない程、今回も例に漏れず背後から飛びついてきた嵐志。本当に謝る気があるのか定かじゃないけれど彼のヘラヘラした笑顔を見ると怒る気が失せてしまう。


『…あれ、今日はいつもよりたくさんお酒買ったんだね?』


抱き締められた時もガサガサ言っていたから多分お酒を買ったんだろうなとは思っていたけれど…その量が普段より多い。袋の中を見せてもらうと、嵐志には珍しくお酒以外の物も色々と入っていた。


『ポッキーにポテチにおつまみに…クラッカー?』

「そ!やーオレこの前テレビで人間のやる忘年会ってのを見てさー。な、姫さん!オレらも今日忘年会しよーぜ?」


忘年会…忘年会、かぁ。確かにちょっと楽しそう。バトルしてくれる皆を労うって意味でやってみるのもいいかもね!


『うん、やろっか!早速準備に取り掛かるよ嵐志!』

「おーよ!」


そうと決まれば善は急げ、ジョーイさんに許可をもらって部屋の飾り付けとかしなきゃ!さすがに勝手に色々やっちゃったら怒られるだろうしね…まずは受付に行こう。

あたしは隣りで楽しそうに笑う嵐志を見て俄然やる気が出てきた。だから…まさかこの数時間後にとんでもない悲劇が待っていただなんて、夢にも思わなかったのだ。




ーーーーーーーーーーー




『よーし…それじゃ皆様の更なるご多幸をお祈りして、カンパーイ!!』

「君どこでそんな言葉覚えてきたんですか」

『え?斉から。ほらほらカンパーイ!!』

「はぁ…全くヒナタちゃんは嵐志なんかの口車に乗せられちゃって」

「まぁいいじゃないか雷士、ヒナタ様は楽しそうだ」


時刻は夕飯時の18時半。色んなお菓子や料理を用意して皆と忘年会を開始した。今日くらいは飲みすぎだって止めないから大人組も遠慮なくお酒を飲むがいいよ!


「…なー姫さん、姫さんも酒飲んでみるか?」

『え、ダメだよあたし未成年だもん』

「んな細けーこと言わずにさ、ほらグイッと!」

『ちょ、ダメだってば!』


全く興味がないわけじゃないけれど、やっぱり法律は守らないとでしょ!グイグイビールの入ったグラスを押し付けてくる嵐志の手を必死に押し返す。


「やめろ嵐志!ヒナタ様の清廉なお心を踏みにじる気か!」

「そーくんも真面目すぎ!押さえろさめっち!」

「はいはい」

「や、やめろ離せ氷雨!俺がヒナタ様を嵐志の毒牙からお守りしなければならないんだ!」

『頑張れ蒼刃!氷雨相手なら格闘技で一撃だよ!』

「後で覚えてなさいヒナタ君」

『ゴメンなさい嘘です!!』


嵐志と攻防を繰り広げるあたしと、氷雨と攻防を繰り広げる蒼刃。正直あたしは負けそうだけれど蒼刃は頑張って!


『っていうか雷士!雷士も手伝ってよー!』

「すぴー…」

『寝たフリ!?ガチ!?』


いや雷士の場合ガチだ!面倒くさくなったから眠ってやり過ごす作戦をとったんだね裏切り者ぉおおお!!


「あ、嵐志、マスター嫌がってるし止めてあげたら?」

『疾風くん天使!我が家の最後の良心!』

「おら疾風、テメェも飲め」

「え…んむっ!」

『ちょおぉおおあたしの癒しに何てことすんの横暴キング!!』


苦笑いしつつ嵐志を止めにかかってくれた疾風の横から、無理矢理グラスを突き付けたっぷりのカクテルを飲ませたのは鬼畜ウインディもとい紅矢。

疾風の細腕では紅矢の腕力にかなう筈もなく、無情にも流し込まれていくお酒。最後の一滴まで飲み込んでしまったのを確認してやっと紅矢から解放された。


『は、疾風!大丈夫!?』

「はい姫さん隙ありー!」

『へ…ぅぐっ!?』

「!ヒナタ様!!」


しまった、そう思っても後の祭り。疾風に気をとられるあまり手の力が緩んでしまったあたしはまんまと嵐志によって勢いよくビールを飲まされてしまった。

一瞬で口内に広がる苦味に喉が熱くなる。そしてあたしの意識はどんどんと薄れていった。













「ふぁ…ヒナタちゃんイジメは終わったの?」

「おーらいとん起きたか。たった今終わったぜ!姫さん思いっきり飲んじまった!」

「くぅ…っヒナタ様をお守り出来なかった…!」

「たかだか酒一杯で大袈裟すぎんだろうが」

「ふぅん…で、ヒナタちゃんは?」

「そ、それが…マスターにはキツかったのか寝ちゃったんだ」

「たった一杯で…お子様ですねぇ」


疾風の視線の先を辿ると気を失ったように眠っておられるヒナタ様。酒など一度も飲まれたことがないだろうに無理をさせてしまったことが悔やまれてならない…。

まぁ氷雨の言う通りたった一杯だから大丈夫だとは思うが、今日はこのままゆっくりお休み頂くのが一番だろう。


「ひーめーさーん、あんま無防備だと食っちまうぜ?」

「!?な、何を言っている!ヒナタ様に近寄るな嵐志!」


嵐志が不埒なことをぬかしヒナタ様を揺さぶり起こそうとする。怪しい手付きで彼女の細い肩を揺らす奴を成敗しようと立ち上がった時、ヒナタ様がゆっくりと目を開けた。


『…ん…、』

「お、眠り姫のお目覚めー!」


眠り姫…なるほど、ヒナタ様に相応し…じゃない!

寝起きの上酒が回っている状態のヒナタ様はやはりぼんやりとしていて焦点も定まっていない。このままでは主に嵐志や氷雨、紅矢に毒だ…今度こそ俺がお守りしなければ!

ヒナタ様の肩を抱く嵐志の手を振り払おうと前に出た時、彼女が顔を上げて嵐志を見た。そしてフニャリ(喩えるとこんな擬音だ)と笑ったかと思うと、


「お?どーした姫さんかわいー顔しちまって!」

『ん〜…あらしー!!』

「う、おっ!?」

「「「「「!!??」」」」」


あろうことか、そのまま嵐志に抱き付いたのだ。


「ーーーっい、いけませんヒナタ様!危険ですから離れて下さい!!」

『やー!あらしといる!』

「…分かった姫さん、優しくするからベッド行こーな。つー訳で邪魔すんなよヤロー共ぉ!!」

「させるか変態が!!」

「ぶぉっ!?」

「あ、死んだ」


危なかった…何とか渾身のボディブローで嵐志を沈めることに成功した。ヒナタ様はトロンとした目はそのままに何が起きたか理解されているのかいないのか、楽しそうに笑っている…よかった、怯えさせてはいないようだ。


「ヒナタ君、僕も抱き締めていいですか?」

「な…!?」

『うん!ひさめもギューッ!』

「おやおや、素直で可愛いですねぇ。このまま持ち帰りましょうか?」

『ふわっ!』

「ひ、氷雨ぇえええ!!ヒナタ様にく、口付けるなど…!!恥を知れ!!」

「おっと、」


氷雨に誘われるまま、無邪気に抱き付いたヒナタ様の頬に口付けた変態2号に回し蹴りを繰り出した。しかし紙一重で避けられてしまったか…くっ、冷静な分嵐志より手強いな。


「ね、ねぇ…マスターもしかして、酔ってる…?」

「だろうね。はぁ…僕も初めての事態だし対処の仕方分からないよ」


まるで子供のように笑っておられるヒナタ様はやはりあの一杯で酔ってしまわれたらしい。一番彼女と付き合いの長い雷士でさえも見たことのない状態でどうしたものかと頭を抱えたくなった。


「おいバカヒナタ、ここにテメェの好きなイチゴポッキーがあるぜ」

『!たべるー!』

「…残念、紅矢に盗られてしまいましたね」

「!」


何てことだ、まさかあの紅矢に窮地を救われるとは…。ヒナタ様の好物で意識を逸らし氷雨の腕から解放することに成功した。


(何だかんだ紅矢にもヒナタ様をお守りしようという気はあるのだな…)


何となく感慨深い気持ちになり2人を見守ってみることにする。大好きなイチゴポッキーを目の前に普段より三倍増しくらい嬉しそうなヒナタ様。早速手に取ろうとされた時…何故か紅矢がヒナタ様の小さな手を掴んで阻止した。


『?こーや、ポッキーたべたい!』

「はっ…んなに欲しけりゃ俺にキスしやがれ」

「!?き、貴様…っやはりタダでは動かない男だな…!」

「こ、紅矢!それはマスターが可哀想じゃ…」

「そうだね…さすがに黙ってはいられないよ」


ほら見たことか、雷士も疾風も阻止するつもりらしい。だが紅矢はただニヤニヤと笑っているだけで俺達のことなど気にも留めていないらしい。くっ、腹立たしい!


『ちゅー?』

「そう言ってるだろうが。さっさとしねぇと俺が全部食っちまうぜ?」

『だめ!あたしがたべる!』


ちゅっ、


「ーーーっヒナタ様ぁあああ!!」

「…下手くそ、口からズレてんじゃねぇか」

『あはー、しっぱい!』

「失敗じゃないよよくやったねヒナタちゃん」

『わーい!らいとにほめられたー!』


あ、危なかった…さすがですヒナタ様!口の端ギリギリだがセーフだろう。今の内に紅矢から引き離さなければ!


「はいマスター、ポッキーだよ」

『ありがとーはやて!ぎゅー!』

「う、うわ…!?」

『うふふー、はやてくんかわいー!すきー!』

「ぼ、ボクもマスターのこと好きだよ!」


…何故だろうか、疾風とヒナタ様の戯れならばあまり腹立たない。あれか、疾風の普段の行いがいいからか。


「ちっ…邪魔が多すぎんな、俺は向こうで飲み直す」

「いでで…ったくそーくん一切手加減なしなんだもんなー」

「おや復活しましたか、では僕達3人もゆっくり飲み直しましょう。蒼刃、ヒナタ君を頼みましたよ」


破廉恥3人組は別室で酒を飲むらしい。是非そうしてくれ。これでヒナタ様を襲う輩はいなくなったな…。


「ヒナタちゃんって酔うと子供っぽくなるんだね…ほら、疾風が困ってるし離してあげなよ」

「…べ、別に困ってる訳じゃ…、」

「い い か ら 、こっちおいでヒナタちゃん」

『う?』


今疾風の本音が聞こえた気がしたが何もなかったことにしよう。ひとまず雷士の言う通りもうお休み頂くべきだ。悔しいが彼女も雷士の言うことならば素直に聞いて下さるだろう。

 
『らいと、らいと、ピカピカらいとー!ほっぺやわらかきんにくすくなめー!』

「よし分かった、アイアンテールで酔いを覚まさせてあげる」

「や、やめろ雷士!ヒナタ様は今意識が定かではないんだぞ!」

「だから一発で目覚めさせてあげるって言ってるんだよ。というか確かに細い方だけどそれなりに筋肉はついてる!」

(ら、雷士って細身がコンプレックスなんだよね…) 

『あたしはねー、ほそいらいともカッコいーとおもうよー!』

「……は……!?」

「…う、わぁ…雷士がこんなにも真っ赤になるの初めて見た…!」


本当にその通りだ。確かに頬を染めてニッコリ笑う想い人にカッコ良いなどと言われたら男であれば嬉しいだろう。普段無表情で感情をあまり表に出さない雷士もこの不意打ちにはやられてしまったらしい。

珍しく固まってしまって動けないでいる雷士は疾風に任せるか。この隙に俺はヒナタ様を寝室に運ぼう。


「ヒナタ様、そろそろお休み下さい。僭越ながら俺がお連れします」

『ん、わぁ…!』


失礼して、ヒナタ様をゆっくり抱き抱えた。さて…片付けもしなければならないな、疾風と雷士に手伝わせるか…。


『わーいたかーい!そーはくんちからもちー!』

「俺は貴女をお守りする為に毎日鍛えてますからね」


俺の腕に抱かれ子供のように笑う彼女はこんな時に不謹慎だが本当にお可愛らしい。やはり目の毒だ…ヒナタ様のお体の為にもゆっくりお休み頂かなくては。


『ん〜…ねむくなってきた…』

「酔いが回っていますからね、ご無理なさらずこのままお眠り下さい」


不思議だ、この方を見ていると口元が自然に緩んでしまう。酷く心地良く愛おしい気持ちになるのはやはり俺がヒナタ様に惚れているからだろうか。


『そーは、こっちむいて?』

「?どうされ…、」


ちゅう、


『えへへー、いつもありがとー。だいすき!』

「ーーー…っ!?」


言い終わるとヒナタ様はそのままコテンと眠ってしまわれた。実に幸せそうな、安心しきった寝顔。

対する俺は口元を押さえて今起こった事実を必死に整理していた。…いや、頭では分かっているが上手く実感出来ない。


(……完全に、唇……だったな)


危なかった、今の光景を仲間の誰かに見られていたら内戦が勃発するところだった。ひとまず1人でこの喜びを噛み締めるとしよう。

とりあえず、俺の中の何かが暴走する前に無防備なヒナタ様を一刻も早くベッドに運ばなければ。


…先ほどの雷士に勝るとも劣らないこの真っ赤な顔を鎮めるのはその後だ!








〜翌日〜


「もー姫さん超可愛かったんだぜ!オレにギューッてしてさ!」

「次ちゃんとキスしねぇと噛むぞ」

『え、ちょ、きっキスって何!?それにギューッてあたしが!?』

「そういえば疾風はお酒強いんですね」

「そ、そうなのかな?でも確かに平気だったなぁ…」

「…酔ってる方が僕を意識してくれるのかもね」

「ヒナタ様、危険ですから飲むのは俺のいる時だけにして下さい!」

『いやいやもう20歳になるまで飲まないし!』


何だか雷士と蒼刃がやたら真っ赤だったけれど、気にするなと言われたので気にしないことにしました。

…来年はもっときちんと忘年会したいなぁ。



end


  
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