3万打 | ナノ

※紅矢が優しいです(当サイト比)





目の前が、クラクラする。それと同時に頭の中を誰かにガンガン叩かれているような感覚にも襲われる。体が怠くて、寒気がしている…。


「これは風邪ですねぇ」

『やっぱり、そうですよね…』


熱は38度ジャスト。お医者さんの最後のダメ押しにより、間違いなく風邪を引いていると判明した。いや、うん…勿論そうだろうとは思っていたけれどね。

診断が終わり、支払いをして薬も受け取った。こんなに熱を出したのはいつ振りだろう。蒼刃が知ったら大騒ぎになることが容易に想像出来る。だからある意味ではタイミングが良かったのかもしれない。


(…まさか、紅矢と病院に来ることになるとは思わなかったけれど)

「おい何してやがる、さっさと帰るぞ」

『はいはい…分かってますよ紅矢様…』


病人相手にも普段と変わらず横暴な物言いだ。こんな紅矢が病院に付いてくる気になるとは正直思わなかった。あたしとしてはビックリしたけど嬉しかったから、感謝はしてるんだけどね…。



何となく、今朝から体調が悪いのは自分で分かっていた。暑いからといってクーラーを点けたまま布団をかけず寝てしまったことが原因かもしれない。でもそのときは大した熱も無かったし大丈夫だろうと思っていたのだけど…時間が経つにつれて悪化してしまったようだ。

熱が38度近くになる頃にはさすがにヤバいと思った。風邪薬は常備していなかったし、きちんとした診断を受けずに放置したら皆に移してしまうかもしれない。その当の皆はちょうど近くにいなくて、行くなら今だと思った。

蒼刃と疾風は修行に良さそうな場所を見付けたと言って出掛け、嵐志と氷雨、そして雷士は買い物へ行ったみたい。何でも仲間内で最もオシャレに興味のない雷士の為に、嵐志と氷雨が洋服をコーディネートしてあげるつもりらしいけど…どんな風になって帰ってくるか楽しみだな。

だから皆を元気に出迎える為にも、こっそり行ってこっそり帰って来て少しでも熱を下げようと思っていた。そしてマスクをして出掛けようとしたとき、


「…あ?何してやがんだテメェ」


いや、それはこっちのセリフです紅矢様…!

思いがけず向こう側からドアが開き、そこに紅矢が立っていた。そういえば紅矢も朝からいなかったけれど、どこへ行ったかは知らなかったな…手に持っているビニール袋を見る限りコンビニとかに行っていただけなのかな?


「…ヒナタ、具合が悪ぃのか」

『え?あ、まぁ…ちょっと熱があって…だから病院に行くところなの。紅矢、悪いけど留守番お願いね』

「おい、待て」

『っ?』


紅矢の横を通り抜け、部屋を後にしようとしたら腕を掴まれ阻止された。何だろう?と思い見上げると紅矢の眉間に深い皺が刻まれている。あ、皺が寄ってるのはいつもか…。


「ふらついてんじゃねぇか。それで1人で行くつもりか?」

『あ…』


確かに、熱が上がっているせいか足元が覚束ない気がする。でも歩けないことはないし病院まで辿り着けるとは思うのだけど…。


「俺も行ってやる」

『へ?』

「途中でぶっ倒れでもしたらそれこそ面倒だろうが。おら、行くぞ」

『あっでも…そんな悪いしあたしなら大丈、』

「俺の善意が受け取れねぇってのか…?」

『有り難き幸せ!!』


あ、今叫んだせいで余計にふらふらする…。紅矢はそんなあたしをチラリと見て、腕を掴んだまま歩き出した。…一応、気を遣ってくれているんだよね。善意って言っていたし。


(…正直ちょっとだけ心細かったから、嬉しいかも)


紅矢も心配してくれているのかな、と考えると自然と笑みを浮かべてしまう。紅矢が善意と言うのなら素直に受け取ることにしよう。そう思い一緒に病院へ向かったのだった。



…そして、冒頭に戻る。まごうことなき風邪だと診断されたあたしは、紅矢に急かされトボトボと帰路を歩いていた。帰ったら薬飲んで寝ることかな…あ、でも薬の前に何か食べないといけないよね…どうしよう、お粥を作る元気はないなぁ…。


『あ"〜…怠くなってきた気がする…』

「色気の無ぇ声を出すな」

『紅矢様酷い…』


色気が無いなんてあたしが一番分かってるよ!でも本当に怠くなってきたから仕方ないじゃん…。もしかしてまた熱が上がってきたのかな…?

はぁ、と1つ溜め息を吐いたとき、少し前を歩いていた紅矢が立ち止まった。そしてあたしの方を振り返って舌打ちしたかと思えば、その場でしゃがみ込んで後ろ向きに両手を差し出す。ん?これは一体…


「乗れ」

『…え、』

「早くしやがれ、テメェのペースに合わせてたらいつまで経っても帰れねぇだろうが」


つまり、おんぶしてやると。…えぇええええ!?あ、あの紅矢様が…っあたしをおんぶ!?


『ど、どうしたの大丈夫紅矢様…!?まさか紅矢様にもお熱があるんじゃ…!』

「テメェ馬鹿言う元気はあるんだな…何なら姫抱きで街ン中練り歩いてやってもいいんだぞ」

『是非おんぶでお願いします』


あたしは即答して大人しく紅矢の背中におぶさった。お姫様抱っこで練り歩きとかどんな羞恥プレイだよって感じだよね…。

フン、と鼻を鳴らした紅矢がゆっくり立ち上がってあたしを抱え直す。こんな姿を皆が見たらビックリするだろうね…あ、でも嵐志は爆笑してそう。大丈夫かな、重くないといいのだけど。というか紅矢の背中暖かい…炎タイプだからだろうか。がっしりと逞しくて、広い背中。何だか安心して、無意識に肩に頬を擦り付けてしまった。恥ずかしいから紅矢にバレていないといいな。

そんなことを考えながら、あたし達はポケモンセンターへと戻ったのだった。







「おら、食え」

『…本当、どうしちゃったの紅矢様…』


テーブルに出されたのはホカホカと湯気を立てるお粥。普通に良い匂いがして美味しそう。これを紅矢が作ったんだから驚きだよね…。簡単な料理なら出来るということは知っていたけれど、まさかあたしの為にその腕を奮ってくれるとは思わなかったよ。

部屋に戻って早々おでこに冷えピタを貼られ、ちょっと待ってろと言われ椅子に座らされたと思ったら紅矢がキッチンに立つから驚いた。そして手際良くこの美味しそうなお粥を作り、水の入ったコップと一緒にあたしの前に置く。その流れがあまりにもスムーズで言葉を掛ける間も無かった。


「全部は無理でも食えるだけ食え。それから薬だ」

『は、はい…』


そう言ってあたしと向かい合うように腰掛けた。え、食べる様子を見られるの?それはちょっと恥ずかしいんですけど。

そっと見上げても動く気配はなかったから、渋々スプーンを取ってお粥を掬う。そして出来立ての熱いお粥をふぅふぅと冷まし口に入れた。


『…美味しい!体が温まるよー…』

「…ふん、この俺が作ったんだ。美味いのは当たり前だろ」


あ、ちょっと照れてる…?頬杖をついてプイ、と横を向いてしまった。あは、何だか可愛いかも…本人に言ったら絶対殴られちゃうけれどね。

そのまま少しずつ食べ進めたけれど、やっぱり体調が悪いせいかあまり食欲が無い。半分ほど食べたところでスプーンを置いてしまった。


「もういいのか」

『ん…ゴメンね、紅矢。せっかく紅矢が作ってくれたのに…』

「別にいい、残った分は俺が食う。薬持ってってやるからテメェは部屋に行け」

『な、何から何まですみません…ぁっ!』

「!」


言い方は乱暴だけれど、言っていることは紅矢の優しさだ。何だか本当に申し訳なくて思わず敬語になってしまう。

コップに入った水を少しだけ飲んで、椅子から立ち上がろうとする。でもその瞬間目の前が霞んで、バランスを崩した足を椅子に引っ掻けてしまった。すかさず紅矢があたしの腕を掴んで支えてくれたから何ともなかったけど、まだ熱が高いままだからよろめいたのかな…。


『ゴメン、紅矢…』

「…ちっ、」

『ぇ、わぁ…っ!?』


また迷惑をかけてしまったことが申し訳なくて、小さな声で謝罪の言葉を口にする。すると頭上から舌打ちが聞こえてきたから内心焦った。や、やっぱり怒ってる…!

でももう一度謝ろうと思った瞬間、あたしを襲ったのは突然の浮遊感だった。


『こ、紅矢…!?』

「うるせぇ喋るな、大人しくしてろ」

(そ、そう言われても、これって…!)


あたしは今、紅矢にお姫様抱っこをされている。驚いて足をばたつかせてしまったけれど、その振動がダイレクトに熱を帯びた頭に響いて痛みが奔った。頭痛に顔をしかめたことを知ってか知らずか、紅矢があたしを抱える両手にグッと力を込めて、より自分の方へ凭れかかるように引き寄せた。


(…あ…、)


紅矢の心臓の音が、聞こえる。トクトクと規則正しく鳴る鼓動は暖かく、紅矢の匂いと相まってあたしを安心させてくれた。何だか…頭痛も和らいでいく気がする。

大人しくなったあたしを抱えたまま紅矢は部屋へと向かう。そしてそのままベッドへと降ろし、何と布団までかけてくれた。その動作があまりにも優しくて、先ほどからあたしの心臓もドキドキと忙しない。

紅矢はあたしをベッドまで運ぶと部屋から出て行ったけど、すぐに薬と水を持って戻ってきた。あ、そうだ…薬を飲まなきゃいけないよね。


「…おいヒナタ、テメェ大丈夫か」

『へ…?』


今、紅矢が大丈夫かって聞いた…!?そんな言葉を知っていたんだ…!

驚いて僅かに目を見開いたけど、その視線の先に映った紅矢はあたしの知らない顔をしていた。眉間の皺はいつもなのだけど、今は少しだけ眉が下がっていて…本当に、心配そうな表情。

いつもなら紅矢らしくないとからかえるところだけれど、何だかそれも出来そうな雰囲気じゃないしあたしも頭がぼうっとしていて言葉が出てこない。

きっと紅矢も心配せずにはいられないくらい、あたしの体調は悪いんだ。確かに胸の鼓動はドクドクと激しいし、視界も潤んだようにぼんやりしている。早く薬を飲んで寝ないと…。そう思い渡された錠剤を受け取ろうとしたんだけど、上手く指先に力が入らなくて取り損ねてしまった。


『あっ…ご、ゴメン…!』

「…」


掛け布団の上に落ちてしまった錠剤を慌てて拾おうとしたら、あたしよりも先に紅矢の指先がそれを拾い上げた。次は落とさないよ、という意味を込めて手のひらを差し出したけれど…あれ?紅矢が、じっと薬を見つめたまま渡してくれない。


『え、あの…?』


意味が分からず困惑していると、紅矢が薬を自分の口の中に放り込んでしまった。それどころかコップの水も同じように口に含むと、ずいっと顔を近付けてくる。そして左手であたしの顎を掴み、口の中に親指を差し込んで開かせた。


『―――…っ』


次いで押し付けられたのは、柔らかい感触。何が起きたのか理解出来ず、呆けていたら親指で開けられた隙間から何かが押し込まれた。少し形が崩れてしまっているけれど、これは…薬?紅矢の熱い舌が、温くなってしまった水と薬をあたしの喉の奥へと流し込む。


『…ん…っ!』


息が出来ない。頭が、クラクラする。震える手の行き場を探して、紅矢のシャツをぎゅっと握ってしまった。あたしが喉を鳴らして完全に薬を飲み込むと、やっと唇が解放される。


『はぁ…っい、今…!』

「薬、飲んだな。ならさっさと寝ろ」


ゆっくり体を倒され、頭が枕に沈む。ほんの少しだけ紅矢の唇が上がっているように見えるのは気のせいだろうか。…ダメだ、何だか今のでどっと疲れて…眠くなってきちゃった…。


『…ねぇ、紅矢…』

「あ?」

『どうして、今日はこんなに優しいの…?薬、も…あんな風に、飲ませるし…』


瞼が完全に落ちる前に、どうしても聞きたかった。紅矢がいつも優しくないとは言わないけれど、でもやっぱり今日はどこか違う気がして…。さっきのだって、ただ病人だからという理由で口移しで薬なんか飲ませるとも思えないし…。

答えを聞こうと紅矢の顔を見つめると、どこか熱を帯びたような瞳であたしを見つめ返してきた。あれ…何か、すごくドキドキする…。紅矢ってやっぱりカッコいいんだなぁ。

そんなことを考えていると、紅矢の大きな手のひらが優しく頬に添えられた。


「テメェを苦しめていいのは、俺だけだ。俺以外に苦しめられるテメェは気に食わねぇ。だが何より、」

『…?』

「…好きな女の心配をして、何が悪い」


紅矢の言葉があたしの胸にじんわりと沁み渡る。好きって、そういう意味なのかな…?それに紅矢の顔が赤く見えるのは気のせいかな…気のせいじゃなかったら、嬉しいなぁ…。

風邪の熱と、そうじゃない熱がどんどんあたしの頭を支配していく。もぞもぞと布団から手を出して、頬に添えられている紅矢の手を握り締めた。


『紅矢…ありがとう、あたしも…好きだよ…』

「…っ!」


自然と口から出た言葉に自分で驚く間もなく、あたしの意識はそこで途絶えてしまった。紅矢の暖かい熱を感じながら、あたしは深い眠りにつく。


「…無防備に寝やがって…アホヒナタ」


そう言って紅矢がもう一度キスをしたなんて、すっかり眠ってしまっていたあたしは知る由もなかった。




−−−−−−−−−−−




『ん…、』

「っ!お、お目覚めになられましたかヒナタ様!」

「ま、マスター、大丈夫…?」


どれくらい眠っていたのだろう。ゆっくり瞼を開けると、心配そうにあたしを覗き込む蒼刃と疾風が目に飛び込んできた。あ、しまった…バレずに風邪を治す計画は失敗しちゃったなぁ。この2人以外のメンバーも帰ってきているのかな…?

蒼刃達に大丈夫だよと声をかけ、慎重に自分の体をベッドから起こす。うん…大丈夫、頭も痛くないし随分体が楽になった気がする。


「姫さん!熱は下がったのか?」

『嵐志!雷士と氷雨も、おかえりー』


やっぱり嵐志達も戻ってきていたらしい。部屋に入ってきた嵐志は手の甲であたしの頬に触れ、大丈夫そーだな!と言って笑った。氷雨も同じように微笑んでいるけど、その肩に乗っている雷士はなぜか不満げな表情をしている。…どうしたんだろう?


〈…ヒナタちゃんの風邪、気付けなかった。しかも紅矢が看病したんでしょ?何かムカツク〉

『…!』


雷士が何にムカツクのかよく分からないけれど、あたしは紅矢、という単語に敏感に反応してしまった。そうだ思い出した…あたし、紅矢と、キ…っ!


「ヒナタ様!?お顔が赤いですが、まだ熱が…!」

『え!?あ、いやっ大丈夫大丈夫!』

「元気になったみてぇだな、ヒナタ」

『!こ、紅矢…っ』


部屋の入口に凭れかかった紅矢がニヤリと笑っている。うわ、あれはいつもの紅矢様だ…。あたしの看病をしてくれた優しい紅矢の顔とは程遠い姿に、あれは幻だったのかという気がしてしまう。


「紅矢、まさかヒナタ君と何かあったのですか…?」

「…さぁ、どうだろうな」


氷雨の問い掛けに意味ありげな表情で笑う。ちょ、誤解させる!言っておくけど何もないからね!何も、なに、も…


(…あ、あったと言えば、あったのかもしれないけれど…)


あの、きっ…キス、とか、好きな女、とか…。いやでも!キスは薬を飲ませる為だし、好きなっていうのはあたしの聞き間違いだったかもしれないよね…。あのときは熱でぼんやりしていたから。


(紅矢は…いつもと同じ態度だし、あたしが気にしすぎなのかな)


考えれば考えるほど悶々としてくる。今度は知恵熱を出したなんてことになったらそれこそ笑えない。深く考えるのはまたの機会にして、今は素直に紅矢に感謝しないとね。


『紅矢、今日は本当にありがとう!紅矢がいてくれて助かったよ』

「…礼ならもう聞いた。それとテメェが俺を好きだってこともな」

『……へ?』

「忘れたとは言わせねぇぞ。覚悟しとけよ…ヒナタ」


そう言って牙を見せて笑った紅矢は、満足げに部屋を出て行ってしまった。残されたあたし達は数秒固まった後、弾かれたように各々違った反応を見せる。


「え、ちょっこーちゃん!?それどーいう意味だよ!?」

「これはこれは…じっくり聞かせて頂く必要がありますねぇ」

〈…ヒナタちゃんにもね〉

「離せ疾風ぇえええ!!紅矢に問いたださなければならないことが山ほどある!!」

「ぼ、ボクだって気になるけど!でも、今の蒼刃が行ったらもっと大変なことになる、よ!」


ギャイギャイ騒いでいる面々を止めなければいけないのに、あたしの思考は全く別のところへ飛んでいた。…正直夢だと思っていたけど、やっぱりあの時…紅矢に好きだって言ったんだ。それを紅矢がしっかり覚えているのなら間違いないだろう。あれは自分でも何で言ったのか分からないくらい自然に出た言葉だったのに…!

そう思った途端、ぼんっ!と湯気が立ちそうなくらい顔に熱が集まったのが分かった。いけない、これじゃ本当にまた熱で倒れてしまう…。


(好きな女の心配をして、何が悪い)


あの時の紅矢の言葉を思い出して1人また赤面する。あれが本当だとしたら、あたしのことをそういう意味で好きでいてくれてるってことで良いんだよね…?あたしも…自然に好きって言葉が出たってことは、やっぱり紅矢のことが…。

こんな気持ちは初めてで、正直どうしたらいいのかがよく分からない。でも…紅矢の言葉をあたしは間違いなく嬉しいと思った。これからも紅矢と一緒にいたい、紅矢に傍にいてほしい。


…覚悟しとけよ、か…


(全く…本当に俺様な言い方をするんだから)


そんなところも含めて好きになってしまったのだから仕方がないんだけどね。横暴キングに振り回されるのがあたしの運命だったりして…と思うと苦笑いが溢れたけれど、それはとても幸せなことなのかもしれない。

思いがけず気付いた自分の大切な気持ち。あたしは甘く軋む胸にそっと手を当て、これから確かに変わっていくであろう紅矢との関係に思いを馳せたのだった。



end


  
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