3万打 | ナノ

『ねぇねぇ皆!見てこれ!』


ポケモンセンター内の売店からの帰り、ジョーイさんにもらった1枚のチラシ。それには何とも心踊らせる内容が書いてあり、あたしはいてもたってもいられず皆が待つ部屋へと駆け戻った。


〈ほたるび祭り…?〉

『そう、バルビートとイルミーゼの光のダンスが見られるんだって!』

「あぁ…確かこの時期は繁殖期でしたかね。イルミーゼの出すニオイにバルビートが引き寄せられ、発光し合いながら飛び交うとか。なるほど、その様子を光のダンスと称して見物する祭りなのですね」

『さすが物知り氷雨様!あたしテレビでしか見たことないから、せっかく近くでやるんだったら行ってみたいんだよね。はい、というわけで…一緒に行く人ー!』


そう問い掛けて同行者を募ると、はーい!…とまではいかなくても、手を上げてくれたのは何となく予想通りの3人。これでもかと言わんばかりにピンと真上に挙げているのが蒼刃で、少し控えめに胸の辺りで挙げているのが疾風。そして挙げた手をぶんぶんと左右に振って猛アピールしているのが嵐志だ。


『さすが我が家の良心コンビにノリの良い大人代表…!きっと付いて来てくれるって信じてたよ!』

「当然ですヒナタ様!俺は四六時中貴女のお傍にいむぐっ!」

〈ストーカー発言は慎みなよ〉


ストーカー…?何のことだろう。何故か雷士の尻尾で口を塞がれてしまった蒼刃に首を傾げていると、何かがあたしの袖をちょいちょいと引っ張った。こんな可愛らしいことをするのは我が家に1人しかいないと振り向くと、やはりそこに立っていたのは天使もとい疾風だった。


「あ、あのね、マスター。ボク…お祭りって初めてだから、マスターと一緒に、行きたいんだ」

『はい喜んでぇえええ疾風くん可愛いぃいいい!!』

「ぅ、わっ!?」

「あーっ!!てっちゃんばっかずりぃ!姫さん、オレもオレも!」

『それは何か恥ずかしいから遠慮しとく!』

(ぼ、ボクだったら恥ずかしくないのかな…?)


眉を下げ頬を赤らめ、あたしの表情を窺うように見つめられればもうノックアウト。可愛すぎる。ここが天国か…!

堪らず抱き付いたあたしを見て嵐志がブーイングを飛ばしてきたけど遠慮させてもらった。だって、何か…ねぇ?あたしは疾風だから抱き付けるのであって、相手が嵐志となると…やっぱり照れが勝ってしまうのだ。


『よーし、じゃあ早速行こうか!お土産買ってくるからお留守番よろしくね3人ともぉあっ!?』


何て品のない声を出すのかと責められるかもしれないが、この場合はあたし悪くないと思う。だってまさかこんなにウキウキルンルン気分の時に足を引っ掛けられて、無様にもすっ転ぶなんて誰が予想出来ただろうか。


『は、鼻、打ったぁ…!』

「おいテメェ…何俺の許可なく出発しようとしてんだ馬鹿が」

「まぁ落ち着きなさい紅矢、ヒナタ君のあまり多くない長所の1つである容姿に傷が付いたら可哀想でしょう?」

〈そうそう。おまけにバランスで補ってるだけで鼻の高さ自体は普通なんだからピンポイントでそこを狙うのは気の毒だよ〉

『何なの!?ドSトリオはあたしに何の恨みがあるの!?』

「ビミョーに褒めてんだろーけどあんま伝わんねーな!」


吠えるあたしに氷雨と雷士は冗談だと言ったけれど、完全に精神を殺しにかかってきているとしか思えないよねこれ…! そりゃさすがにぶつかった先が冷たいフローリングじゃなくて、まだ弾力のあるソファだったのを見ると一応足払いした紅矢本人も本気ではなかったのだろうとは思うけれど…それにしてもあんまりだ。どちらかと言えば物理的じゃなく精神的なダメージの方が辛い。


『もう本当にやめてよね…あたしだって鋼のハートじゃないんだから普通に傷付くし!』

「…あ、ひょっとして…3人も一緒に行きたいって、こと?」

『え?いやー疾風くんそれはさすがに…』

「祭りっつったら屋台…リンゴ飴にかき氷に綿菓子にチョコバナナにクレープ…はっ、悪くねぇじゃねぇか」

『無くなかった!!甘味キングの目がかつてないほど輝いてた!!』

〈紅矢は甘い物大好きだからね〉


鋭くつり上がった瞳を普段とは違う意味で輝かせている紅矢につい背筋が凍ってしまった。確かに紅矢が甘い物大好きだというのは衆知の事実だけれど、年に数度しか味わえない屋台との相乗効果でより魅力的に感じているのだろうか。

…でもまぁ、(傍目からはそうは見えないかもしれないけれど)こんなにウキウキされたら連れて行かないわけにもいかないよね。


『じゃあ紅矢様は参加で…雷士と氷雨も?』

「僕も行きますよ。掻き入れ時と言わんばかりにテンションが高くなっている屋台の集客意欲にあてられてつい買い食いをし過ぎてしまい翌日になって体重計に表示された数値を見て絶望するヒナタ君、という一連の流れを見守る為に」

『物凄く良い笑顔で恐ろしいこと言ってる!!』

〈僕は人混みに揉みくちゃにされてヨレヨレのボロボロになってるヒナタちゃんを傍観時々鼻で笑いに〉

『台無し!雷士の笑顔ってレアなのに全てが台無し!!』

「まぁまぁ半分は冗談なので落ち着いて下さいヒナタ君。僕達もお供しますよ」

〈そうそう、皆で行った方が楽しいでしょ〉

『くっ…!確かに皆一緒がいいけど何か白々しい…!』


全く本当にこのドS共は…!ていうか氷雨!残り半分はやっぱり本気なの!?こ、こうなったら思惑に嵌まらないように買い食いには気をつけないと…。




「…なーてっちゃん、さめっちもらいとんも素直に姫さんが心配だって言えばいーのにな。こーちゃんはある意味素直だったけどよ」

「あ、はは…でも、2人らしいと言えば、らしいよね!」

「ふん、ヒナタ様に対して正直になれないとは愚か者共め。少しはこの俺を見習え!」

「あーうん、そーくんは姫さんの為にもーちょっと抑え気味にした方がいーかもな!」



人混みと面倒なことが嫌いな雷士と、人自体が大嫌いな氷雨。そんなお祭りには最も向かないであろう2人が何故ついてくると言い出したのか。

それは何を隠そう、このあたしを様々な危険から守る為だったなんて。必死に太らない程度の買い食いリストを脳内でピックアップしていたあたしは露ほどにも気付かなかったのである。



『よし、それじゃ今度こそ出発しよう!』


おー!とノリよく返事をしてくれた嵐志に笑いかけた時、ポケットに入れてあるライブキャスターがピリリと鳴った。あたしにかけてくると言えば大方家族の誰かだろうけれど、一体誰だろう。

画面に表示されている名前は…ハル兄ちゃん?何かあったのだろうかと不思議に思いながらも通話ボタンを押すと、画面に映ったのはハル兄ちゃんではなく澪姐さんだった。


“ヒナタちゃーん!私よ、元気にしてる?”

『澪姐さん!うん、あたしも皆も元気だよ』

“良かった、それなら安心したわ。そうそうヒナタちゃん、今はどこにいるの?”

『ホドモエシティ!これから皆でほたるび祭りに行くんだよー!』

“あら、ナイスタイミング!さすが私のヒナタちゃんは期待を裏切らないわね〜!”

『へ?』


ニコニコと嬉しそうに笑う澪姐さんは本当に美人だけど、ナイスタイミングってどういう意味だろう?そんな意味を込めて首を傾げると、澪姐さんはまたクスクスと笑って実はね、と続けた。


“ヒナタちゃん達はお祭りに行くんじゃないかって何となく予想してたの。一昨日近況連絡した時はライモンにいたみたいだから、場所的にも近いし昔からほたるびを見てみたいって言ってたものね。だから何と!浴衣を用意しちゃったのよ!”

『浴衣!?』

“昨日買い物に行ったら可愛いの見つけたの〜。絶対ヒナタちゃんに似合うと思うから着て行ってね!買ってすぐ宅急便で送ったからそろそろ届くんじゃないかしら?”

「あ、こちらにいらしたんですねヒナタさん!」


昨日!?と驚く間もなく、パタパタとジョーイさんが向かいから駆けてきた。その手には両手で抱えられる程度の段ボール箱が乗せられている。…ま、まさか…!


「はい、ヒオウギシティの澪さんという方から荷物が届きましたよ」

〈届いたね〉

『澪姐さんって実はエスパータイプだったの!?』

“やぁね、私は純粋な水タイプ!これは愛よ、ヒナタちゃんへの愛!”


気に入ると思うわよ!と麗しくウインクを飛ばしてきた澪姐さんにあたしは苦笑いしか返せなかった。まだお祭りに行くかどうかも分からない段階で送ってくるって…いやそれよりも、あたしがホドモエにいる前提で配達させるなんてさすがに少し恐怖を感じてしまう。え、まさかこのライブキャスターGPS機能でもついているの?


「まーまー姫さん、澪ちんの厚意には変わりねーし深く考えなくてもいーんじゃね?」

「そうですね、それに澪は君が素直に受け取るまで引きませんよ」

“あら、よく分かってるじゃない野郎の癖に。ね、ヒナタちゃん。あなたに着て欲しいんだけど貰ってくれるかしら?”

『…あは、ありがとう澪姐さん。びっくりしたけど嬉しい!浴衣なんて小さい時に着たきりだから…有り難く着させてもらうね!』

“ふふ、ありがとうヒナタちゃん。じゃあ楽しんできて!あ、それと浴衣着たら写真撮って送って頂戴ね!絶対忘れちゃダメよ!?”

『安定の澪姐さん…!』


じゃーねーと澪姐さんは最後まで楽しそうに通話を切った。真っ暗な画面に映るあたしの表情は相変わらず苦笑い…でも、確かに嵐志の言った通りだ。澪姐さんはいつもあたしの為に色々な物を買っては渡してくれる。この浴衣も同じだ。そしてそれを喜んで受け取ると、澪姐さんもまた嬉しそうに笑ってくれることをあたしは知っている。

最初に驚きはしたけど本当に嬉しかったし、写真もまぁ…今に始まったことじゃないから観念して後で送ろう。残念なことに1人じゃ浴衣を着られないからジョーイさんにお願いして手伝ってもらおうかな。

届いた箱を開けてみると、中に入っていたのは涼しげな白色の生地に梅や撫子の花があしらわれた浴衣にピンク色の帯。そしてご丁寧にも髪飾りと下駄まで入っていた。おぉう、浴衣単品どころかセットじゃん…高かっただろうに澪姐さん…!


(…でも、可愛い)


さすがと言うか何と言うか、あたしの好みをよく分かっていらっしゃる。俄然行く気に満ち溢れたあたしは、早速ジョーイさんに補助をお願いすべく受付へと走ったのだった。


  
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